全画面表示を推奨します。
途中から読む時に場所が解り難い、と指摘されたので大体のターニングポイントを基点に句切ってみました。

プロローグ
第1章
第2章
第3章
第4章
第5章
第6章
第7章

あとがき

TOPに戻ります
[ このウィンドウを閉じます ]

ハルヒの夏 前編

プロローグ

り切り過ぎた太陽が頼んでもいないのに膨大な量の核融合を起こし、その副産物が不
覚にもこの地表にサンサンと降り注いでいた。生物の間には世界が崩壊だの火星人が襲来
だの根拠の無いデマが飛び交い、都市ではパニックを起こり取り返しの付かない出来事の
引き金を自らが引いてしまった。ああ馬鹿な人類よ。
なんてプロローグを含んでしまそうに今日この頃は暑かった、五臓六腑に染み渡る暑さ、
何なら内閣に不評を書き綴ったノートを5冊ほど速達で郵送してもいいくらいだ。何故県
立高校とやらには冷房完備の学校が無いのかとな。何ぃ?新幹線の騒音が響く学校には完
備だと、なら俺の学校にも今すぐ設置してくれよ。新幹線が近くに通ってないじゃないか
遠くに私鉄が通ってるでは駄目だ?おいおい待ってくれよ騒音なら常時発生しっ放しだ。
涼宮ハルヒという人間からな。

ンクリートが熱の放出をしにくい物体であることを再確認出来そうなほど学校は熱気
を帯び、今にも中で支えている鉄骨が溶けて染み出しそうな体温を軽く超えていると思わ
れるこの暑い昼下がりの部室で起こった。
「あっつい、ああああっつい何なのよこれは」
いつも通りの展開となる、ハルヒの殺伐として尚且つ根拠の無さそうな一言によって。ん
なもん誰だって同じ考えだ。
この県立学校に冷房なんて高級なマシーンは職員室と校長室だけだろう、何なら今から忍
び込んで取って来ればいいじゃないか。まあなんて事を言うと本当にやりかねないからな
涼宮ハルヒという存在は。案の定この強奪策は脳内であえなく却下し、とりあえず暑さを
紛らわす為に話し相手にでもなってやるか、優しいな俺。
「何なんだと言われてもオレは天気予報出来る免許だって待って無いし、何より知らん」
それを聴き、荒げた声でハルヒは、
「はぁっ!?ホント役立たないはねえ少しは考えなさい、こんな事だからあんたは何時まで
経っても雑用係なの――あっみくるちゃんお茶っキンキンに冷えたやつね」
ハルヒの差し出したコップをお盆に乗せぱたぱたとお茶の仕度をする朝比奈さん。良くこ
んな暑いのに律儀にハルヒの戯言を護ってメイド服何て着てられますね、俺も何時もなら
るだけで体力が1万ポイント回復するのに今日ばかりは減退気味です。
当の朝比奈さんは大丈夫ですか?無理しない方が身の為自分の為ですよ。
「あぁはいっ、ご心配なさらずにー」とにこやかに返しながらの額には汗が滲んでいる。
それは皆同じ事なのだが。
「ちょっとキョン真面目に話聞いてたの?ちゃんと答えなさい!ああもう少し動くだけで
も暑い」
まだ続いていたのか、とシャツをはためかせる。動かなくともミネラルと塩分を失って行
く。
「考えたって思い浮かばん物は思い浮かばん。理論的に考えるなら古泉に聞け」
「あんたは馬鹿ねえバカキョン、古泉くんなら今日の朝あんたの携帯に学校と部活休みま
すってメールが届いてたんでしょ?経った数時間前の事も解らないなんて詰まらない人間
になったものねえ」
おいおいそこまで落ちぶれた人間じゃないぞ、ていうか黒猫を見た近所のおばさんのよう
に振舞うな。聴きたきゃメールでも電話でもしろって事。
そういや古泉が休むなんて珍しいな。
「あーもういいわ軽いノリであんたの意見が聴きたかっただけよ、こんなもんだから喋り
続けてないと気が持たないんだもの。あぁーパスパス!」
「えーいらないんですかぁ、折角冷えるまで待ってたのに」
とグッドタイミングでやってくる朝比奈さん、ハルヒと同様正直宝くじ買わせた方がいい
んじゃないか?
瞳をこれでもかっと見開いたハルヒは、例の如く下げようとするお盆から冷えたお茶を強
奪し一気に半分近く飲み干した所で「くぅーっ生き返るー!」と叫んだ。お前の死ぬ事は
多分ないだろ実際問題的に。
「違う違うこっちの話よみくるちゃん、おいしかったわよありがとね」
味わっちゃねえくせに、ってもう空かよ。そんな俺を尻目に、
「あらキョンあんたそれいらないの?なら飲んじゃうわよ。」
ふざけるな、
「いや飲む!」
ハルヒがコップを奪い去る寸前でストローを銜える。勢いで3分の2なくした所で朝比奈
さんに「大丈夫ですかぁ、そんな一気に飲むと頭痛くなっちゃいますよ」と言われもう遅
いとばかりに適度な頭痛に見舞われる。なんと言うかこうかき氷を喰った時より軽い感じ。
「いってぇ」
頭を軽く抑えそれを余裕綽々で見るハルヒは、
「ホント能無し、これこそ凡人と天才との経済格差よねえ」
訳の分からない事を抜かすな。まあ確かに何の取り柄の無い俺は凡人かもな、宇宙人、未
来人はたまた超能力者、挙句の果てには実質神になりかけてる人間だってこの部室には居
るんだからな、まともな人間はただ一人。しかし今日やった努力は認めてくれ。
「それよりハルヒ、おまえは頭痛くならないのか?」
「全然ならない、鍛え方が違うんだか…んっ?あっちょっと痛い、やばい思い出したら痛
くなってきた」
脳みその反応が遅いな、結果的におまえも凡人の仲間入りだ。
それにしても暑いな、やたらと重い氷を汗水垂らして持ってきて良かった。
ハルヒが朝っぱらに電話で「部活開始までにクーラーボックスに氷とジュースをじゃんじ
ゃんに詰めて持ってきなさい以上!」って命令が来たからなあ、坂の上る時や電車乗る時
は白い目で見られたけど、今思えばあいつは正しい判断をしたのかも知れない嫌な役回り
は全て回ってくるが。
というか氷はいらないんじゃないかジュースは冷蔵庫で冷やせばいいんだし。まあそんな
ハルヒは「すぐに冷えたやつが飲みたいからいいの!」とかほざくだろう。
そんなもので実際ハルヒや朝比奈さんは笑顔だし、とりあえず長門は…汗を掻いていない。
「そんな可愛い部員の為に人知れず苦を背負ったのはこのSOS団団長でもある天才な私、
涼宮ハルヒのお蔭である!」
横で聞き耳を立てていたハルヒは凝りもせず口を挟んできた、スルーしてたのに。加えて
言うと人知れず行動してたのはジュース代持ちの俺であった、おまえは命令を出しただけ
だろ。
「途中から盗み聞きするな、いや途中からじゃ無くても。朝比奈さんも何か言ってやって
下さいよ」
と朝比奈さんは、
「あっすいませんぼぉーっとしてて、えーっとそうですね今日は本当に暑いですね」
朝比奈さん、その暑苦しいメイド服脱いだらどうですか?ええもちろん、冗談抜きで。
「それにしてもなんなんでしょうね」と俺、
「今までこんな事無かった事ですし」
「これこそ人類がもっとも抱える大きな問題、地球温暖化なのでしょうか」
「今の人達も大変なんですね、あっ今のは忘れて下さい」
このたわいも無い会話が幸せです。
「ちょっとあたしも話に入れなさいよ、んでこの不可解が気候変動を独自に調査しようっ
て話で合ってたでしょ?もしかしたら地球の地軸がずれちゃってるかも知れないわねえ」
的外れにも程がある、寧ろおまえの頭の中をアメリカのFBIでもいいから独自に調査し
てもらいたいねもちろん俺は結果を聞くだけ。
それでも、おかしいな。
帰りはもうすっかり氷もなくなって軽くなるだろう問題はない、しかし決定的な問題が進
行中である。
「何故この真冬の12月真っ只中に30度越えの日が連続で2日も続いてるんだって話だよ、
全然違うぞ」

第1章

日目、朝っぱらのハルヒからの電話やそれに準じる連絡は無いが解っている。暗黙の
了解だ、今日も氷とジュースと保冷剤をがつがつに詰めたとクーラーボックスを担ぎあり
えない暑さを放つナチュラルハイキングコースと化した坂を越える。
鍵を押し付けられていたから早々に重いクーラーボックスから氷以外の冷えた物達の冷蔵
庫に押し込む。
昨日朝、電話でのハルヒとの会話、
「んで一つ気になるんだがジュースは冷蔵庫にいれるからいいとして氷は溶けるだろ、ど
うするんだ?」
初め中身ありのクーラーボックス運びを聞いた時はエジプトのピラミッド造りに携わる労
働者を思い浮かべた。あれを作った人達は強制労働じゃなかったんだぞ、寧ろお金のもら
える仕事として自ら進んで志願したんだ。何てハルヒに言った所で状況は変わる事はなく。
俺はピラミッド完成を待ちわびた労働者とは逆の心境で渋々懸案事項を承諾する流れであ
って。
そんな事あたしには関係ないのよ、とまでに俺の気持ちを読み取る事すらせず話を進める
ハルヒ。まあいいだろう、問題は今の氷だ。
何もかも計算済みよ、としたスマイルを電話越しにしているだろうハルヒは、
『キョンあんたちょっとは頭を使いなさいよ、まああたしに任せなさい』
ハルヒがそれを言うと大抵の事は後で不安材料に発展しかねない。しかも被害を被るのは
決まって俺が朝比奈さん。唯一俺にとってが不安材料にならなかったのは毎日強要される
事を当初嫌がっていたはずが今ではすっかり様になっている朝比奈さんのメイド服姿ぐら
いだろう、何と言うかもう可愛いの何のホント似合いすぎですよ家に丁寧にラッピングし
てお持ち帰りしたいほどです。とまあそんな事をうっかりでも朝比奈さん言ったら頬を赤
らめて弱々しい手でポカポカと叩かれそうだ。うん、それもいいかもいれんが。
『……でちゃんと聞いてんの?』
やべっうっかり妄想の域に入ってしまっていた。すまん全然聞いてなかった。
『はぁっ?もう暑いんだから二度手間かけないでよもう一度言うから良く聞いてなさい、
そんな物はね――ごにょごにょ――』
作戦電波が空中の障害物を突き抜けてマイ電話に通じて耳に入る。
すっかりハルヒの常識外の言動にも慣れたようで最低限の質問で返す。
「…大丈夫なのか?」
自身満々オーラが携帯から漏れてくる、ハルヒは、
『大丈夫よ、あたしの策に抜かりは無いわ』
それが怖いんだよ、という前に「じゃっ」と切られた。最後まで話くらい聞けっての。
という事で俺はクーラーボックスを抱えて誰もいない調理室前で怪しくも指定された窓か
ら物音立てず中に進入した。これで2回目バレたらかなり不味い。
ハルヒの不確かな情報筋に拠ると調理室の窓の鍵は前から壊れててすんなり入れると。お
前が壊したんじゃないか?
次に冷凍庫開け氷と保冷剤を奥に入れる。
これまたハルヒの不確かな情報筋に拠るとこの時期に調理実習はないと。それは1年生だ
けでは?
窓を元通りに閉めクーラーボックスを部室に放置し無事に任務を終了させると俺はとっと
と教室にカムバックした。妙に汗掻いてる。
既に多くのクラスから無用の長物になっていたこの時期大活躍を約束されていたストーブ
の存在を感じつつ、席につく。
余計に動いたから、暑い。
そしてお前の顔もだ、
「そんな顔するなよ暑いのは皆一緒なんだ解るだろ」
うちわを扇ぎながら谷口がやってくる。
んな事知ってるよ、もう一言おまえの顔もだっつーの。
「しっかし何でこんなに暑いんだ…」
「何か異常気象みたいだね、気象予報士にも原因が解らないらしいし」
国木田が話の中に入ってきた。博識な人物がいると丁度馬鹿が中和されてプラマイ0にな
る。まあ大して変わらないが。
「それに俺の近所のスーパーなんていつもは売れないアイスが飛ぶように売れてるぞ、品
薄とか言ってた」
国木田は何に納得したのか「へえー」と言う、売れるのは当たり前だろ。そんなお前の近
所の豆知識は要らないから、用は原因も解らないんだから過ぎるまでどうやって乗り切る
かって事。お分かりかね?
「解ってるだろうがお前俺の力量を甘く見ていると後で公開する事になるぞ。5年後俺に
彼女が入る状況で『どうしよー彼女いないよー』って泣きつかれても助けてやらないから
な!」
ははは、アホだろ、
「一つ言って言いか谷口、第一に5年後彼女出来てる状態って何なんだよ、学年の女子に
ランク付けしてる状況で既にお前は敗北者だ」
「しまったー」と谷口はがくっと肩を落とし、
「そうだよなあ、いい女はもう他の男のものだしなあ…」今日はノリがいいな、とうとう
頭までこの暑さにやられたか。
女は「もの」じゃないだろ、もしや独占欲が強い男だったのかおぬし。後でクラスの男子
全員にばらしておくか。
と立ち直った谷口はガッツポーズをし、俺ら3人に聞こえるほどの声でこう言った、止め
ときゃ良いのに。
「まあ不幸中の幸いと言うか、この暑い間にAランク女子の汗かいて透けたブラでも見る
くらいか」
「十分ストーカーっぽい事をするのねあんた」
「暑い」と小言を吐いてハルヒが席についた、無論窓際で俺の後ろ。
案の定谷口の変態話はしっかりとハルヒの耳に届いていた。
横目で俺と国木田がチラ見をする。半分くらい顔面蒼白なっている、もちろん馬鹿の谷口
が。
ハルヒが口開いた、
「別にいいんじゃないの好きに見れば?あたしは全ての善悪を区別出来る人間じゃないし
あたしには関係ないから」
「はあ、そうですか」と国木田に背中を擦られている谷口、まるで隠していたテストが親
にバレた時のようだ。
「あっつい、それよりキョン例のアレ持って来てるわね?」
はて例のアレとは?ハルヒは言うと何かいらやしく感じるな。
「携帯にメール送ったでしょう、まさか忘れたって事はないでしょうね!」
……はははっイヤ普通に忘れた、というか朝から携帯何て一々チェック出来るか、はっき
りと何か用があるなら電話で伝えろそんで持って雑用を全部任せるな、で何をだ?
ホントにハルヒは腹黒い、知らない事を理由にこんな捻りも無いホラを吹きやがった。
「だからあんたに貸した朝比奈みくるエロ画像集よ」
んなもんねえしその手には引っ掛るかっての。もしあったら是非閲覧したいもので、同時
に撮影者を長門あたりの力を借りて地球の反対まですっ飛ばしてやりたい。せいぜい海の
水を沢山飲むこって。
そう思ったら息を吹き返した谷口が網に掛かった。
「マジでキョン、後で貸してよっ!」
「はははっ」国木田は笑い、思わす言ってしまった谷口はハルヒの嘲笑うような眼つきを
感じたらしくまたしょんぼりした。これこそ真のアホだ。
それで本当の物は何だ、ガラパゴスペンギン?ホッキョクグマか?まさか本当に朝比奈さ
ん画像集じゃあるまいな、こいつの事だからマジに俺の鞄にいつの間にか混入してあって
もおかしくない。
「そんなものじゃないわよ、えーっとほら、頭や足に貼ったりなんかして体の熱を下げる
やつ。何だっけ形なら思い浮かぶんだけど」
あれだろあれ、俺も名前が思い出せん。
「あぁー解った解った、奇跡的にも家に合ったから持って来たぞ、しかもキンキンに冷え
てる」
言うんじゃなかったな、まあ無いって言っても団長命令で外まで買いに行かされる羽目に
なっただろう、例えそれが海外にしか売ってないとしても。
「今どこにある?」
「そりゃ部室だけど――」
ハルヒ閣下は静粛にも試練を告げた、
「んじゃー持ってきて、大急ぎで」
…………はっ?今なんと?
「だから持って来てって。あんた頭大丈夫?」
その言葉をそのまま返してやるよ「お前こそ大丈夫か?」と。
「ごちゃごちゃ言わない団長命令なの、ほらあと5分で先生来るから急いで!」
ハルヒに押し出され教室を後にする。何故暑い中俺が走らなければならんのだ。
大急ぎで部室の冷蔵庫から冷えたシート入りの箱を持って再び教室へ――。
途中朝練でだろうか、ベストなプロポーションをした女子の体操着が汗びっしょりで中に
着ていたブラジャーが透けて見えていたのを思わす余所見をしていた所、思いっきり足を
滑らせて転倒した。
俺も冷えたシートにお世話になった。

ご飯後、普段なら腹いっぱいになりストーブであたってぬくぬくと動かなくなってい
るだろうこの時間。
違う意味で動く事をとっくに止めひたすら冷たいものを胃に送り込んでいた。もちろんハ
ルヒが、しかも俺が待ってきたもので。
そんな誰しもが微動だにしない時間にお馴染みの澄まし顔で古泉がやってきた。何故お前
はそんなに涼しい顔してられるんだ。
気づいたハルヒは「あっ古泉くん昨日は大丈夫?」と言い、
古泉は「昨日は突然の気温の変化に体を崩していまいまして」などと1分ほど他愛も無い
会話を成立させた後、遠まわしに俺に話がある事を告げる。
どうせこいつの話と言うのは大抵厄介な話と言うものだ。そして99%ハルヒ絡みで。
場所が場所なので中庭に移動する事になった。
「ろこひいくろ?」せめてジュース飲んでからか止めるかしてから話せよ。まあ解るが。
「ちょいと話があるってさ、ついでだから日陰でお茶飲んでくる」
ナイスごまかし自分。
「あそう、なら帰りの際にあたしにも何か買ってきて、後でお金は払うから。出来ればサ
イダーがいいんだけど混んでると思うから種類は何でもいいわ」
混んでるから人に行けってか?ホント人使いが荒いと言うか上手いと言うか。
「んじゃよほひくー」とハルヒ生あくび混じりの声を後に教室を出る、悪魔の命令だこり
ゃ。
予想通り混んでいた自販機からやっとの思いで買ったお茶は補充したてなのかやけにぬる
くて清涼感など微塵に感じられなかった。ぼったくり。
「それでハルヒ関係だろ、今回はなんだ?」
運良く空いていた木陰のウッドチェアーに腰掛けた古泉は、
「はは、全くその通りですね、しかし今回は少々厄介でして」
「いつも厄介じゃないのか、それ以外なんて無かったぞ」汗が滴り落ちる。
「そうですね言葉の選択を間違えました、何せこの暑さですから頭の回転も少々鈍るんで
す」
お前の近況を聞きに来たんじゃないぞ、さっさと本題に入ってくれ。
「それもそうですね、では早速なんですが一つ質問です、最近何故これほどまでに暑いの
でしょう?」
おいおいいきなりなんだ、お前がこの瞬間このタイミングで出題させる質問に回答者を考
えさせる意図はあるのか?
SOS団団員なら光速を超える速さで答えられるぜ、実際は大幅に超えないが。
てか本当に答えちゃっていいのか。
ため息交じりで、
「……またハルヒか?」
すると古泉は思惑通りになったとばかりに微笑んだ。いつもと同じだがな。
「お見事、大正解です」
お前軽く馬鹿にしているのか。
「いえいえ解っているなら話が早いと思いまして、今回も例の如く涼宮さん中心となって
るようです」
「またか、年に何回大災害をもたらすんだあいつは。それでこの異常気象とどんな関係が
あるってんだ?」
お茶を一口だけ飲む、ぬるい。
「ええどうやら涼宮さんの願望を叶える力が発動しやすくなっているようなんです。常に
その傾向は観られていたのですがどうもこの前の自主映画撮影の時と同様に所構わずと言
った感じですかね、現に異常気象と言われるまで暑くなったのも一筋縄に彼女が早く夏に
なって欲しいと願ったからでしょう」
ちょっと待て気になるぞ、
「今のあいつはこの前と同じに願いを叶え放題なのか?」
汗が地面に落ちる。
「いえ少し違うようです。映画撮影の時の涼宮さんの現象は『これは映画は完全なフィク
ションであり、また完全なフィクションを撮っている』と過程した範囲で『映画内で目か
らビームを出して欲しい、映画内で猫が喋って欲しい』と願った。映画が面白くなって欲
しい、楽しくなって欲しいと言った単なる娯楽目的でという彼女の一時的な土台の上で事
が進み、結果的に映画という範囲を遥かに超えた世界でそう変革が起こってしまったと結
論つける事が出来る訳です。映画の世界と現実の世界の区別がつかなくなったと考えても
らえれば妥当かと。しかし今回の変革はフィクションだから映画だからなどの理由は一切
当てはまりませんし、寧ろ理由なんて要らないのかも知れません。彼女が唯恐竜が観たい
と言えばどこからともなく校庭に現れるだろうし、月が二つになるように願えばそうとも
なるでしょう。それでも前にもおっしゃいましたが涼宮さんは科学的にも立証された列記
とした人間です。理性や三大欲求、基本的社会知識などは一般人以上の頭脳を兼ね備えて
るでしょう。今言った非一般的な事象は起こったりしません、涼宮さん自身が己を一般人
として認識している限りは。それを故に――」
「待て古泉、この暑さだって非一般的な事象だろどう説明がつく」
このままでは腑に落ちないからな。そして長い。
「それも含めてこれから説明したいと思います。確かに今言った通りこの暑さは非一般的
です、しかし一般的とは大多数の人がそれが普遍的だと思う意見の上でなりたっています。
逆を言えば普遍的では無い人達の意見を増やせばそれは良い対抗馬となります。ここまで
解りますね」
まあ何とかな、一般的な意見が多数決でなりたってるんだろ。
「その通りです、ただ涼宮さんは面白い現象起こらないかと常時非日常的な事を考えてお
りそれは一般論と全く正反対の現象の事に当てはまります。あくまで僕の予想なのですが
常に正反対の事を考えていた彼女は、これは何にでもいいのですが些細なきっかけだった
と思います、同じく非一般的考えを持つ外部からの何者かからの影響で本気で夏になって
欲しいと願ってしまった、連日の猛暑がこの結果だと睨んでいます。それ以後から能力の
アップが見られるようで。まあ世間ではこの異常気象が当たり前となってしまった事につ
いては涼宮さんの非日常論が一般論に成り代わったと言う事になります」
「何と言うか、少しはハルヒの思い通りの世界になった事は解った、しかしそれほど問題
はないように思えるが」
そしてぬるいお茶がもう空だ。それを見たのか、
「僕のお茶は譲れませんよ」
俺がそんな顔をしたように見えたのかこのニヤケマンは。
「男のお前の飲みかけなんて米粒一つほども欲しくないわい」
朝比奈さんのなら別だがなー、きっと飲んだ瞬間優しく何とも言えない清涼感が喉から胃
までを丁寧に覆い、それでいて頭の中にスイスの透き通る湖畔で無邪気に天使と遊ぶ朝比
奈さんが描かれるに違いない。うん、そーれはいいものだ。
「はははそうですか。話が脱線しましたが――」と間を入れて、
「問題点についてです。今の涼宮さんは一般的な意見は持ってるとしても人間としての小
さな願望くらいは必ずしも一つは持っているはずです。最初の内は可愛い物ですが人間と
言う動物は底知らずですからそれが一つ一つ叶って行ったら最後の方にはとんでもない事
が待ってるでしょう」
地球大爆発とか?あり得ん。
腕を組み直した古泉は、
「今の内に涼宮さんを俗に一般的と言われる意見側に戻す必要があります」
「それをお前や朝比奈さんや長門とオレ、つまりハルヒ抜きSOS団メンバーでやれって
のか?」
「ええ、話が早くて助かります」
また俺らか、あいつは人の苦労も知らなくていいな裏方に回ったやつらの。ハルヒの事だ
超人気遊園地なんか行ったら、必然的に2時間待ちのジェットコースターの並んでおいて
と命令されいざ時間が来るとのんびり過ごしていたハルヒと瞬時に入れ替わり俺だけ並び
損になるに違いない。ハルヒのそのくらいの苦労を味わって欲しいものだ。
「本当に涼宮さんには振り回されっぱなしですね。まあそれが僕の仕事なんですがね」
そんなもの高校時代から仕事にしたくないね、今以上に、もちろん将来方面も。
と午後の授業5分前の鐘がなる。ハルヒ話で昼休みがパァーだ。
「早いものでもう時間ですね、こんな事だろうかと休み時間中に長門さんと考えた対策を
手紙にして書いておきました」
チャラララーン、手紙を手に入れた大事にとっておこう。
ってありがたくないわこんなモン、ノート千切っただけだし。というかこれだけ最初にく
れよあー暑いなもう。
「部活までに読んでおいて下さいね」と言い残し自販機の前で別れた。
自販機の前は予想とは違い人の行列は見る限りゼロ。
それもそのはず昼ごろに投入されたであろう全ての販売機から売り切れの赤い文字が点滅
してしたからな。
サイダーなんて5つもあるのにみんな駄目か。
「飲み物なんてどれも無いじゃないか……」
んっ?おいおい幸運か?あったあったあるじゃないか一つだけ。
この際なんでもいい、120円を入れてそうそうボタンを押して、ガタン!売り切れに変
わる。
落ちてきた落ちてきた、冷たい缶の……
あちっいや暑いぞ。
ってよく見たら熱々粒粒の表示が。そして理解不明の文字が。
お?おかしか。
し?しかしなんだ。
る?るすにしていいか。
こ?こりゃヤバい。
脳内の意識伝達が2秒遅れた所でやっと理解した。
おしるこかよそりゃ売れ残るわな。アチチっ。
補充係りもこの異常気象の中売れないホットなんて律儀に入れなくていいのに。政府の陰
謀か?もしかしてアメリカあたりの。
正直どうしよう、これ持って帰ってもどうせ全額オレ持ちだし。
仕方が無いがハルヒには包み隠さず話して部活になったらオレの氷で冷やして飲んでもら
おう。アイスも美味いだろうし。
何だか損ばかりしてるな、と感傷にふけってると前方から女子が小走りで走って来た。上
級生か?
待てよあのオーラ、古泉の意味のないニコニコフェイスとは違う表情。
よく見たらスーパー無敵艦隊の鶴屋さんではないか。しかもそんなに急いで。
鶴屋さんはこちらに視線にお構いなしで自販機前を軽く見渡した後やっと気がついたよう
で目が合った。
すると今度は俺の前近づいて息を整えると予想だにしなかった事を言った。んっいつもと
同じか。
それで鶴屋さんは、
「はぁ、ねえキョン君っ突然で悪いけどそのおしるこくれないかぃ?」
「……えっ?」
しかもこの熱々のおしるこをですか?
「そうっクラスに季節の変わり目に弱い子が居てさっ物凄い寒気がするって言うから保健
室に連れてって行ったんだけど、まだ寒いって言うからそれで――」
友達思いの鶴屋さんらしいですね。
「解りましたそう言う理由ならいいですよ、何より病気ではしょうがないですね。どうぞ
持って行って下さい」
これまたにこやかな顔を作った、ハルヒもいつもこれくらいの面持ちなら少しはクラスに
好かれると思うのだが。
鶴屋さんはおしるこを受け取ると、
「そうっ?あんがとっキョン君、変わりと言っちゃ何だけどこれで勘弁ねぇっ。あたしが
後で飲もうと買ったやつだけどまだ開けてないからさっ!」
と何処からとも無く一つの缶を手渡し、「今度またお礼するねーっ」言ってその場を後に
した。
冷たい、もしやこれは、
売り切れていたサイダーだった、しかもキンキンに。どこで買ったんだ?いやしかし。
こちらこそ感謝しきれない物を受け取りました。
それにしても、
「これもハルヒの願望が叶ったって事か」
そんな事を思いながらハルヒの為にサイダーを届けるオレが一番喉が渇いていた。

第2章

時限目ギリギリで戻った俺は頬を机に半分埋めて爆発5秒前の不協和音を奏でている
ハルヒの幸運のサイダーを渡した。利息抜きでいいから後でちゃんと返せよ。
息を吹き返したハルヒは、
「おっ、サンキュ」
と一言言い終わる前にプシュッと開け炭酸にも関わらずゴクゴクと飲み始めた。何故こい
つが飲んでるんだ無いって言って飲んじまえば良かった、そんな目線を無意識にしていた
らしい。
「何ぃその顔は?もしかしてキョンも飲みたいのぉ?」
違うと言えば嘘になる、正直飲みたいがさっきぬるいお茶を飲んだからいらないな。
「あっそう少しは懇願すれば一口くらい分けたのに、まあ最初からあげないけどね」
なら言うな、と遅れて教師が入ってきた。座れー授業だぞーとクラスに言い渡り生徒から
は不満の声が出る。
はー。
数分後この日一番暑いだろうと誰もが思う授業中うちわ変わりにした下敷きからベコベコ
とした音と教師の虚しい声だけが響く。これで季節を読み間違えた蝉が鳴いていたらすっ
かり夏になっている所だ。
にしても、暑い。だろみんな?
服がベタベタするワイシャツは既に第3ボタンまで開けていてこれ以上の露出は危険だし
探すのに苦労した夏服は役立たず、汗の放出が鈍い。
ポケットから余分な物の出して皮膚との接触面積を出来るだけ減らす努力をしていた時、
中に入っていた紙のような物体に気づいた。
そういや部活までに読んでおけって言ってたな。
こりゃ古泉の文字だな。何々?
『なるべくあなたが出来る範囲で涼宮さんの命令に尽くして下さい、その時に特別だから
なとか一言足してもらえればさらに良いでしょうまずは機嫌を損なわないようにするので
す。そしてこの気象を異常と感じてもらう必要があります、さりげなく冬だから寒くなら
ないかなぁとか言って。僕たちも出来るだけ異常気象を感じてもらえるように努力します
ので。では部活まで頑張って下さい』
何だこりゃ。
出来る限りで命令を聴くだと、ほぼエブリディやってるじゃんか今日サイダー買ったし。
と一人ツッコミ。
季節感を感じてもらう?いやこれはいくらなんでも無理だろスノーパウダーでも買ってき
て雪を降らせない限りは。
ゆきと言えば長門の下の名前は有希だったな。
なんて思ったりしてしまった事がきっかけか、俺は雲泥の空から長門が沢山降ってくるワ
ンカットを想像してしまい挙句の果てにはその長門が街中をぞろぞろと歩いている光景し
てしまった時には正直クラスメイトにばれないように必死で腹を押さえていた。
長門は降って来なくてよろしい!
自分で言った言葉が逆に腹を痛くさせる。
30秒後ようやく収まった頃にはハルヒが丁度サイダーを授業中堂々と飲み干していた。教
師は暑くてあらかじめ涼しい職員室でまとめたノートから黒板にひたすら機械的に写す作
業しか行っておらず他の生徒もジュースを飲んでいる姿もあった。
と何でもない静かな時間に事件は起こった。この時俺とハルヒの席の横の二人がスヤスヤ
と睡眠タイム中であった事を感謝するよ。色んな意味で。
「げぷっ」
胃から溜まった空気の塊が静かな教室中に広がっていく音が響いた。一気に火を点けたよ
うにざわざわと声が聞こえてきる。誰もが不快に思う音の出所は解っている。
何たって俺の真後ろから聞こえたからな。
お前だろハルヒ。
クラスの視線が後ろに向けられる中俺はこればかりは気の毒だろう、振り向かずに冷静に
時が過ぎるのをただ待っていた。
ハルヒよこれが人ってモノだ現実を実感するんだぞ、何て仙人の心中で説いていると、
「キョンー、タイミングをバッチリな事するなよー」
人を馬鹿にするような口調で谷口が言った。お前こそ馬鹿だろ。そんな事を言う暇も無く
大多数のクラスメイトがクスクスとあるいはゲラゲラと笑い始めた。
俺が一体何をした。まさかな。
笑って開いた口に大量のチョークの粉をぶちまけたい気分だが今はこいつぐらいしか状況
を説明してくれなさそうだ。そこっ国木田笑うな。
「だってさ、くくっこんな静かなのにキョンっ特大のげっぷするんだぜ。くはっはっ」
もういい笑うな俺じゃないそれはハルヒが仕出かしたもので……
なーんて思って後ろを覗くとハルヒはこれまたびたーっと机に張り付き寝たふりをしてだ
んまりを決め込んでいる。寝息までリアルに再現するなよおいおい止めてくれよ。
しかも良く見れば俺の机の横下、さっきまでハルヒが飲んでいた物と思しきサイダー缶が
そこで存在を主張しているではないか。どういうこって。
俺がハルヒに苦笑されているのではないかと思って後ろを確認したと思った谷口は喉を整
えて、
「良かったなキョン、涼宮にも笑われなくて」
どっかの俳優の声をマネしたのか渋みのある声で言うとクラスメイトのクスクス笑いはゲ
ラゲラ笑いにゲラゲラ笑いはさらに腹を抱えて笑っていた。どうやら皮肉な事にこの12月
までの期間に学校中には知らない人が居ないほど破天荒な言動と行動を起こし知れ渡った
ハルヒとそのハルヒの作ったSOS団に所属のメンバーである俺はすっかり涼宮ハルヒと
その愉快な仲間達の一人とクラスの皆は認識出来てるようで。
つまりだなこれはハルヒの陰謀かっ。脳裏を過ぎる。
「おいハルヒ」
反応は無し。
ハルヒは机にべったりの手をちょいとあげて俺に向けて合図をしただけで後はそのままピ
クリともしなかった。それは俺への何のサインだ?
その時間帯なんだかもの凄く気まずかった雰囲気だった、俺がな。
また何時ゲップをするのかチラチラと視線を送ってきた谷口がチャイムが鳴り近づいて来
た時には流石にうんざりした。
「見事だなぁー!」とからかって来るしてくる谷口にさっさと座って大人しくしてろと言
って追い払った後ようやくハルヒは起き上がった。
「ハルヒおまえ――」
聞いちゃいないハルヒは一言、
「ありがとねー」
素直ありがとうと言えばどれだけ俺は救われた事か、そのにやけ顔で言うのは止めろ。
注意する前にハルヒは足早に教室を出て行った。このやろう。

りのLHRが終わらない内に痺れが切れたのかそうそうにハルヒは部室への道のりに
つき、皆の視線を体いっぱいに感じながらも俺は引きずられながらクラスを後にした。
生肉工場に運ばれる危険を察知しその場で踏み止まる牛を無理やり引っ張る飼育員さなが
らの手つきで俺のネクタイを握り歩いていた。
これが最後の牛の気持ちか。
なんて冷静になれば考え付いたが今はよろける足と落ちそうになる鞄に意識を向けるだけ
で精一杯だ。同じペースで歩いてやるからせめてその手を離せ。
何がお前を歩かせる?何て聞いたって答えは解りきっていた。まあ念には。
「そんなモン暑いからよ、早くみくるちゃんの煎れた冷たいお茶が飲んでこの不快感を爽
快感にするの。解るでしょ?風呂あがりのコーヒー牛乳と一緒よ」
なるほどハルヒなりにこの暑さを楽しんでいるってか、過去に例がないほどの異常気象だ
からなどおりで元気な訳でこれ以上の異変を望んだら一体どうなるだろうか、「首都の地
底からモンスターが出現、地下鉄大パニックぅ?SOS団総出で取材に行くわよ」とかな
るのか?せめて財布の金が増えるとかにしてくれよ。
何となく解った気がする。兎にも角にもこのハルヒの異常気象万歳ムードを断ち切らなく
てはならないな。全く。
「一つ忘れてないか?」と俺、そして離せ。
「何が?鞄は持っているわよ」
いや忘れ物とかそういう物関係ではなくてだな。
「じゃあ何よ」
とても重要で無きゃ絶対に困る、簡単に言えば殆ど主役、解るだろ?
そこまで言えば、と後に思えばハルヒは何を勘違いしたのか「あぁ!」と言ってこう答え
た、
「そうだわそれもそうね、キョン珍しくあんたにしてはお手柄だわ」
急にネクタイが引かれ顔が近づく、その差10センチ。なんともカツアゲさせている気分に
陥る。
「キョンあんたは先に行って準備してなさい、あたしは例のモノを取って来るから待って
なさい」
珍しいじゃないかハルヒ取りに行くとは、てっきり俺がかと。これも何かも前兆か?もし
かしたら本格的に寒くなって吹雪くかもなあ、まあそっちの方がまだこの季節には相応し
いと思うのは俺だけでは無かろう。
ハルヒは当たり前の如く俺に鞄を押し付けそのまま走り出し階段に下にへと姿を消した。
まだ早かったか、と部室についた俺はガラスコップと急須の用意をする。ハルヒの命令に
ホイホイ聞くのは少々感傷的だが古泉曰く「機嫌を損ねないように」と言われてるし、正
直俺も冷たいお茶が飲みたいしな。
新幹線用語で俗に言うトンネルドンをそのままここで再現したんではないか?と錯覚させ
るばかりに部室のドアを思い切り開けた。いつもながらよくドアが壊れないものだ。
しかしハルヒの言う所の取って来たと言う『モノ』とは、
「おまたせー、みくるちゃんの到着でーす」
汗を掻いて呼吸が落ち着かない朝比奈さんだった。何かの冗談かなー?
「もっと、はぁ、ゆっくりとはぁ、走って下さいよー」
不評を述べる朝比奈さん、そんな事聞く耳持たずのハルヒは、
「もう着いたからいいじゃない、それにいい運動になったでしょ」
誰がこんな熱気の籠もる廊下の中走りたいってんだ。大量のゴキブリが追いかけて来るん
じゃあるまい。
まあとりあえず確認をしようではないか。
「それで例のモノはどうした?」
ハルヒは焼肉店でカルビを頼んだのに何故かロースが出てきてしまった時みたいな顔を俺
に向けて、
「何言ってんの、目の前に居るじゃない。みくるちゃんよみくるちゃん」
バシバシ朝比奈さんの肩を叩きこれがそうよと主張する。その代わりに叩くたびに朝比奈
さんは「ひぇっ」と声をあげる。
ほほう、要するに。
俺は氷が重要と踏んだのだがお前はお茶汲み係の朝比奈さんがそうと踏んだのか?
つまり氷は……
「えっそれはあんたの仕事でしょ、そう思って頼んだじゃない準備して待ってろって。も
しかしてないの?」
ははは、こりゃ笑うしかないな、ははは……
ねえよ。
「ハルヒがてっきり取りに行ったかと思ったんだよ。解るだろ、意思伝達のミスだ」
それを知ると頬をひきつかせたながら聞いていたハルヒはすぅーっと息を吸いこう言った。
「早く取って来い!」
とりあえず古泉の言葉が脳裏を過ぎり、
「こんな事するのは特別に今日だけだぞ」

故俺が氷を入れたクーラーボックス走っているのかと言うと、さまざま因果関係が絡
んでいると信じたい。そう思った方が気持ち的に楽と言うものだ。
長門曰く、自立進化の可能性。
朝比奈さん曰く、過去への断絶。
古泉曰く、世界を創造した可能性。
三者三様である人物を観察研究を行って結論をだす真っ最中、俺は俺なりに今は仕事があ
る。
この怪しいクーラーボックスに再び氷を詰めなおし部室に運ぶ労働だ。忌々しい。
数人の生徒がこっちをチラ見し「何あれー」「釣り人みたーい」とかいう言葉と視線の見
えない壁をこれまた見えないドリルでドンチャカドンチャカ突き崩しようやく戻れた。
喰ったシシトウがやたらと辛かった表情で待ち構えていたハルヒは、
「遅いっまさかチンタラ歩いていたんじゃないでしょうね」
これでも重い荷物を抱えて走って来たんだぞ、この滴る汗の量を見ても解らんのか?
「どうでもいいわ、みくるちゃん大急ぎで冷たいお茶頼むわ」
よかないわい、一言くらい感謝の言葉をよこさんか。朝比奈さんくらいだねぎらいの言葉
を掛けてくれるのは。
夏用メイド服の朝比奈さんは「はぁーい」と言ってぱたぱたと支度を始めた。その顔を見
てさっきまでの疲労感が嘘のように飛んで行く。ある意味脳内麻薬が分泌してるんじゃな
いか気になってきた。
「どっこいしょ」
俺は自分で放った爺臭い口癖に年かのぅーとボケをかまし、うっかり暑さにやられる所だ
ったと気づき猫背から誰もが小学1年生で習う正しい坐り方へと持ち直した。
ハルヒ、俺、いつの間にか居た長門とタイミングよく「今日も暑いですね」とドアを開け
た古泉にお茶を渡した後朝比奈さんもようやく自分のお茶の持ってパイプ椅子に座る。
ハルヒは例の如く一気に半分を飲み干し「かぁーうまいっ」と仁王立ちで腰に手をあてて
いた。風呂上りのおやじか。
「いやぁ冷えたのもおいしいですね」
同じく半分飲み干した古泉、そうか昨日は休んでいたから初めてか。この氷は俺が家から
運んで来たんだぞ盛大に感謝の気持ちを表しなさい。と労働の苦労を所々はしょりながら
話す。
「そうですかこれは大変な苦労でしたね」
そのコンビニで業務的に微笑んでくれる顔で言われても嬉しくないわい。
「そうですか」と言い、
「ちょっといいですか?」
「何だ、虫入りは返品不可だからな」
朝比奈さんの煎れたお茶には入ってないだろうがもし入っていたらそれを見て慌てふため
くのも見て見たいとも思うものだ。
古泉は苦笑し、
「いえいえ違いますよ、この氷はあなたが二日連続でわざわざ家から持って来たんですよ
ね?」
「言ったろう、大変だったって。何でだ?」
「いやもう遅いと思うますがもし明日も暑く待って来る予定があるなら言っておいた方が
いいと思いまして。わざわざ家に持ち帰えり凍らし苦労してまた学校まで持って来るのな
ら最初から水を張り調理室の冷凍庫に一晩置いて置けばよいのではないかと」
一気に脱力感が圧し掛かる、先に言って欲しかった。
体を乗り出してハルヒは、
「流石ね古泉君、こんな馬鹿とは格の違いね。いいでしょうこんどから副団長及び副参謀
長に任命してあげるわ」
副って事は本命の参謀長はハルヒかよ、副参謀長になったって意見は聞き入れてもらえな
さそうだぞ。同じくアメリカの大統領がこの部室を数億ドルで買い取ると言っても足蹴一
つで追い返すかも知れない。
ついでに古泉にいたってはこんな事を言う。
「厳粛に受け止めます」
俺は思うに厳粛に破棄させていただきたいね。
これがハルヒを元気にしたにかも知れない、椅子を盛大に後方へふっ飛ばしこう宣言した、
「いい考えを思いついた!」
ガッツポーズで仁王立ちのハルヒ。高価なパソコンじゃなくて良かった、何て思っている
場合ではない、またか暇にするとこうなるのは目に見えてたが。んでいい考えとは?
こぶしを強く握り、
「アイスクリームを売るのよ、そうだわ最高の案ね」
古泉は「そうですか」と自分達に掛かる災いを真正面から受け止める気でいて、長門は「
………」一度顔を上げてからまた本読みに戻り軽くスルーし、朝比奈さんにいたっては「
おいしそうですねー」と自分達が被害を受けうる事をまるで解っていない。
氷を一つ噛み砕き一息吐いて、
「ちょっと待てどこで売る気だ。まさか正門で堂々と商売する気ではあるまいな?」
ハルヒは何言ってんの?とばかりに、
「当たり前じゃない、こんな気象よ馬鹿売れに決まってるわ」
少しは考えてくれよ団長さんよ、つい半年前正門で仕出かした事柄を思い出してみろ解る
か?バニーガール姿をした謎の二人組みが訳の解らんチラシを帰校中の生徒に大胆不敵に
配りまくりその結果多数に教師に連行された事を。まさか本当に忘れたとは言うまいな。
ほら見ろ朝比奈さんなんてすっかり怯えた表情しているじゃないか。
「んな事解ってるに決まってるでしょ」
それで正門で愚行する気か、いい根性というか俺からすれば狂っているとしか言いようが
無い。
ハルヒは団長席をぐるぐると徘徊しながら、
「我がSOS団は特製みくるちゃんアイスを売るのよ」
俺らはともかく朝比奈さんは初耳のようで「ふぇ?」と横に傾げ、「何であたしのなんで
すかぁ?」と。
ハルヒは悪フザケをする前のガキの顔つきで朝比奈さんの後ろに立ち、「それはねみくる
ちゃん――」と手をオペを行う医者のように上げ―――嫌な予感がさっきからしっぱなし
だ。
この学校の半数が羨む行為――つまり朝比奈さんのメイド服の隙間から突っ込んで胸を揉
み始めた。「ひゃぁ」朝比奈さんの声。前見た光景だな俺も混ぜてくれ!じゃない。何や
ってんだお前は。
「みくるちゃんアイスとみくるちゃん本体を使えば売り上げがぐぐっと――」ハルヒは胸
を揉む、「ひえっ」。
「更にこれを気にぐぐっと――」ハルヒは胸を揉む、「ひっひえっ」。どうやら「ぐぐっ
と」の所で一気に揉むらしい、つまり「ぐぐっと」の所を強調したかっただけかこいつは。
そんなもんで朝比奈さんをオモチャにするな。
「謎めいた依頼が急増するはずよ間違い無いわ」
間違いの塊が間違いないなんて言ったって所詮歩く度に間違いが上限無く落ちる訳で、そ
れを追ってせっせと掃除に励むのはいつも変わらず俺か朝比奈さんであり、今はというと
どっちかと言えば朝比奈さんであるがもう少し先に回って来るだろう。
「やるわねキョン」
そこで俺に是非を求められてもなあ「イヤそれはノー、駄目だ」何て言った所でハルヒは
まるで聞いてないようだし、念の為向けた古泉は「手紙通りにお願いします」とまでに気
持ち悪いウインクを放つし長門にしてはこれまた無視であって関心がない。そろそろ朝比
奈さんの涙目助けて目線の当たり所が痛くなって来た。
「仕方が無い、減点覚悟でやってやろう。だたし、ただしだ、一つ条件がある」
「へえ何よ?」
そこでようやくメイド服から手が引き抜かれ朝比奈さんは服の綻びをちゃっちゃと直しホ
ッと一息、ともつかの間でハルヒが俺に、
「キョンー、みくるちゃんの温もりが籠もった手で握手してあげようか?」
むっちょっとそそられるなそれは。
朝比奈さんはこちらに「まさかあなたまでっ」と読み取れる表情を向ける。そんな顔しな
いで下さいよ、俺はニヤケ古泉や無口長門、セクハラハルヒなどの変人と一緒ではありま
せんよ。男子生徒のほぼ大半と同様に俺はあなたの味方です。それに朝比奈さんを悲しま
せる事は何よりこの俺が許しませんからね。ってもう悲しんでいるではないか、単なる口
先だけってやつになるのか。
イヤ待てよ、俺はハルヒの行動を極力妨げないって理由があって、ああこれでは朝比奈さ
んの温もりの残った手と握手しなくてはならないじゃないか。これは難題だなあうーん。
何てな。結局はハルヒと握手だろ、やなこった。
「大いに遠慮しとくよ」
朝比奈さんは安心したのか胸を撫で下ろし(そんなに俺がすると思ったのか?)ハルヒは
つまらなそうに「そう」と言った。
「で条件って何よ」
勝ち誇った表情をする。一体何に勝ったんだか解ったもんじゃない。
外、机、ハルヒの順で見回し、
「正門もしくは教師にすぐに見つかる場所は無しだ――」
「はぁ何言ってんの?」ハルヒはすぐに不平をいい俺は「落ち着けまだ続きがある」と俺
は古泉にチラリと目を向け安全策を講じる。
「だから部室で販売する事」

第3章

の後ハルヒからは質問から愚問、愚問から詰問、詰問から拷問という具合に途中から
質問を冷静答える側から苦しげに搾り出す側へと変革した。疲れるな。
ハルヒの論理的でもない暴挙という名のエネルギーを無尽蔵に貯蓄した近代化された鋼鉄
の戦艦に俺は海なんて気合で乗り越えられるだろうと精神論を持って突撃する世紀前の戦
車の如く真正面から体当たり見事に海中へと姿を消した心内である。
俺が「アイスの原材料はどうするんだ?」と聞けばハルヒは「キョンが持って来ればいい
」と論議の対象になってないし、「じゃあ誰が作るんだ?」と言えば解りきったように「
あんたとみくるちゃん、足りなければ有希にも手伝ってもらえばいいし」ともはや命令で
あって、お前を王に迎えた覚えは生まれ変わる先々代の前の記憶を辿ってもなさそうだ。
「まあまあ涼宮さん彼の意見も正論ですよ。正門で大々的に販売してすぐ教師に掛け付け
られてSOS団を危機に曝すのもよくないでしょうし、秘密裏にやった方が裏でカジノを
経営してるみたいで楽しいのではないでしょうか?」
古泉がフォローに入る、何と言うかいつもいい所をさらって行くようで、ハルヒも「それ
もそうね流石古泉くん」と頷く。俺の話も少しは考える風に聞け。そうだな朝比奈さんを
例えにするといい感じになるんじゃないかハルヒも。
「あたしに解りきってたわ、キョンが駄々捏ねるから話し合いが進まないのよ」
「そうですね」と古泉。そこは肯定する所じゃないだろ寧ろ否定だ。
そんなことお構いなしのハルヒ店長は――腕の肩書きがそう記してあった――高らかにS
OS団メンバー、といっても実際行動するのは俺に、犯罪予告を告げた。
「手始めに調理室から冷凍庫と借りて来ましょう」と。
俺は本気で「はぁ?今なんつった?」と言い、ハルヒは「聞いてなかったの、冷蔵庫を借
りてくるのよ」とこれまた魂の籠もった本気の眼つきで返しやがる。
ハルヒはパンパンと手を叩き、
「さあ行ってらしゃい」
と俺を指差す。無理だろ。
「しょうがないわねえ、悪いけど古泉君も頼むわ」
悪いのはお前の脳内細胞の方ではないか?腕の皮膚でも血液一滴でも何処かの有名大学の
教授に研究目的でプレゼントしたらきっと喜ばしい結果が返ってくるぞ。まあ科学部門ノ
ーベル賞なら9割は堅いな。
ぼんやりと佇んでいる俺に容赦なく罵倒の声が、
「こらっキョンさっさと取ってきなさい」
一つ聞いて言いかハルヒ、許可は取るのか?
「そんなもんやった後で付いてくるのよ、教師も人気が出てきたら買いに駆けつけるはず
だわ。それを逆手に取って権利を奪い取るのよ。それよりも今大事なのは行動力、そして
冷静な頭脳と判断力だわ」
どうも俺にはハルヒに冷静な判断力があるとは思えんな、行動力だけは評価してやっても
いい、仮に迷惑を掛けなかった場合な。それをいうと全く評価をするポイントがなくなっ
てしまうがこの際無視する。もう一つ、教師に人気がでてどうするその時点でSOS団は
校内のいいさらし首になるに違いないし廃部になる可能性だって大いに考えられる。
うーんどうも危険な香りが漂って来たぞ、さながらゴキブリを捕まえる簡易ワナに「はい
そうですか」と解りきった上で入りに行く気分だ。
どうしたものかね、古泉は変わらず微笑で朝比奈さんはお茶を汲み、長門はページを捲る
し。
「それじゃあほら二回も言わせない、行ってこーい」
しょうがなく俺はダルい気分を纏わせて古泉と廊下に出た、もう一つドアの音がする。
「お前も行くのか?」の答えに、
5ミクロンほど頷き、
「…そう」
長門が言った。
ノミが喋ったらこんな感じだろうな。

ず最初に俺が窓から入り中から鍵を開けようと手を掛けた――所で長門が外から鍵を
開け苦労虚しく二人は中に入った。そういえば忘れてた、最初っから開けてくれよ長門。
「ほうこんな所の鍵が壊れているなんて初耳でしたね、うまく咬み合わないようで」
関係ない所で注目する古泉、まさかお前も利用したいと企んでるのか。俺みたいな平凡な
生徒がそこで教師にバレたら即校長室かもしれんが、この優等生組のお前なんかはスマイ
ルと言葉術で何とか誤魔化せそうだからな、言葉巧みに俺に責任が転化されたらたまった
もんじゃない。危険物は先に処理しておくものさ、だから後にしろ。
「いやぁ僕はそんな事はしませんよ、だとしてもあなたには勝てる見込みがありませんか
らねえ」
そんな事はないだろう何を根拠にしてるんだ。俺なんて隙だらけの人間だぜ、例え朝比奈
さんの写真が火山の噴火口に置かれても生死を省みず喜んで挑む野郎だ。
古泉は驚きと微笑組み合わせた高度なフェイステクニックを披露しながら、
「お気づきでないのですかあんなにも近くにいながら。涼宮さんならどんな理屈だろうが
逆境だろうがきっとあなたを擁護してくれますよ、そうですね某大統領の陰謀からも守っ
てくれるでしょう」
そんな陰謀なんて知らん、第一俺はハルヒよりも朝比奈さんの近くに居たいものだ、そし
て手取り足取り優しく擁護(介抱)してもらいたいよ今すぐにでもね。口には出さないが。
「どうでもいいがそれより」
今やる事は一つ、
「――でこの冷凍庫どうやって持ち帰るんだ」
長門は首を5度傾げ、古泉はオーバーアクション気味に肩をすくめる。
こうなる事解っていたんだ解っていたが――。
古泉が解りきったように、
「セオリー通りに手で運ぶしかなさそうですね」
やっぱりそれかよ、というかこの冷凍庫重いぜ、と俺がジェスチャーで伝える。実際大き
な機械類なんだしそれなりに重さがあるだろう。
「ええ解っています、しかし台車を使ってむやみに音を出す訳にもいきませんしひっそり
と行う以上やはりそれが好ましいかと」
そんな好み一体誰が決めたんだ、まさかハルヒとは言うまい、もしそうなったら世界中に
冷凍庫運び職人が誕生しちまうぜ。国際物流が点でおかしくなるのは目に見えてる。
俺は事態打開の突破口を求めた、
「部室までなんとか軽くは出来ないか?」
長門に声を掛けた。
長門は俺にしか解らないような悩んだ表情を浮かべてからこれまた俺にしか解らないよう
にこくんとミリ単位で頷く。
「解った」と物凄い速さで呪文か何かを呟くように言った後「もう平気」と言った。
コンセントを抜き俺と古泉は冷凍庫の下位部分に手を掛ける。アイコンタクトをし、せー
ので持ち上げる。
するとどうだろう、冷凍庫が俺の手には5キロほどしか感じないではないか。まああんま
し驚かなかったが。
よっと、冷凍庫と共に廊下に出る。
「長門、すまないがドアの鍵を閉めてくれないか」
これが何か勘違いを生んだんだと俺はつくづく思う。
ぼーっと立っていた長門は、
「解った」と、
そのままドアを閉め鍵を掛けた。
まだ長門本人が調理室に残っているのに。
「…………」この三点リーダは俺と古泉のが合わさったやつだ。古泉は首を冷凍庫から横
に乗り出したまま――俺は後ろに首を向けたままブロンズ像に変化した。
何と言うか長門らしいというかだな、いつの日か嵐の夜にも仕出かしたが、もしやこれが
長門なりの冗談のつもりなのだろうか。だとしたら、もうしわけないが、とてもじゃない、
笑えない冗談だぞ。お前はいつでもマジのような顔をするから冗談を冗談と取れないんだ。
解ってくれ。
ドア越しに俺は、
「長門、俺が伝えたかったのは外から鍵を閉めて欲しかったんだ」
………。
静寂が現場を包む、ように思えた。
「そう」
なんだか落ち込んだような長門の声が俺には聞こえた、ようだったがなんせいつも小鳥が
囁く声域だしドア越しの為喋ったかどうかも怪しいもんだ。気のせいだったのだろうか。
すると予想外の行動を見せた。
長門は、窓をゆっくりと開けたかと思うと、そのまま俺がついさっきやったように身を乗
り出して窓から出ようとしていた。何故わざわざそっちから。その時に言えば良かったな
「止めとけ」って。
ゆっくりと確実によじ登り両足が窓枠にしっかりと乗っかり――ここからが人間というか
男の悪い所(本能)で――俺の目線はちょうど長門の足と足の三角ゾーンに行っていた。
というか丸見えだったから、すまない後で謝る。
この光景は谷口あたりいや隠れ長門ファンなら誰しも最高だろう、と数秒ほど考えている
と(ホントすまない)長門が俺の視線の先に気づいたようでなにやらごにょごにょと唱え
た――と思えば、足を滑らせた。そう俺は油断していたのであって。
尻餅を付き後頭部が硬い床に激突――しない。紙一枚分の隙間があるような紙一重の状態
だ。きっと手加減してくれたんだろう。
そこに長門が来て上から覗き込む。
「…………」と無言。
かと思えばまたしても悩んだような表情を見せる。どことなく席の前の人の肩に毛糸がく
っついているのを言うべきか言わないべきか迷っている感じの微妙な顔の陰り。頼んだ寿
司がサビ抜きだった状況の時見せる表情とも取れるが今はどちらでも構わない、関係ない。
数秒長門はその漆黒のビー球のような瞳で俺の目をまじまじと見つめ――俺はマジで長門
の口から出たのかさえ疑いたくなるような言葉を聞いた。今思えばそれが当たり前だった
のかも知れない。今まで様々な状況でSOS団メンバーと共に時間を過ごしたが出会った
時と最近とでは内面的に一番様変わりしたのはこいつだ。最初はただの読書趣味の無口な
少女としか思わなかったが、今ではコンピュータ研なパソコンゲームバトルの誰よりも楽
しみ誰よりも負けず嫌いを露呈した過去だってある。
知っているんだ。
少しずつだが変わっていった、それまで感情なんてものはないのだろうと自らだって理解
してたに違いない。でも、長門には感情が出来かけてきた、そう思って当然だろう、もは
や確信の域だ、こんな人間臭い言葉を聴いたら――
口を開いた無表情有機インターフェイスは俺だけに聞こえる声量で、
「………えっち」
と言った。

……?
「おーい、助けて下さーい」
苦笑交じりの声に我を返った。俺が突然引っくり返ったものだから急に一人で支える羽目
になった古泉は10キロほどの冷凍庫を抱え多少足がぐらぐらしていた。
「あっああ、今行く」
冷凍庫を支えてやる。「いやぁ吃驚しました」と冷や汗を掻いた古泉。
「急にどうしたのですか今度はしっかり下を見てて下さいね」
一理ある、だがしかしなんだ、あれは不可抗力であってな自然現象と言えば聞こえがいい
のだが――
「えっ何の事でしょう?不可抗力、はて足でも攣ったんですか?だとしたらすぐには立て
ないはずですが何か?」
マジで言ってんのか、それとも俺の虚を付こうとしているのか、後でハルヒのでもバラさ
れた日にゃこの世の終わりだ雷に撃たれるまで屋上で避雷針にさせられる可能性だって否
定できない――とまあそこは不要なオーパーツだぜ。そこんとこ古泉だって解っているだ
ろう。仮に目撃されててもハルヒ以外ならギリギリオッケーさ、噂が耳に届くまではな。
「いや、何でもない。足を滑らせただけだ」
「気をつけて下さい」と古泉の言葉を最後に俺らはもくもくと冷凍庫を運ぶ。流石と言っ
ちゃなんだが階段が辛い。からいではない。
そんな俺達の後をちょこんと付いてくる宇宙製対人間用コンタクト有機ヒューマノイドの
長門。
途中カニ歩きながら振り向いてみる。下を向いてた長門は視線に気づくと顔を上げ2秒ほ
ど目を合わせまた下を向く。
部室までの道のり、短いながらもまだまだ遠い。
俺は考えてみる。
3年間あいつはハルヒの観察を目的に高校入学まであのマンションの一室で一人で本を読
んだりして過ごしていた。
高校に入るまであいつはずっと一人だったんだ。3年前に生まれたって本人に聞いたんだ
からそうに違いない。
高校に入ってもあいつはただひとりの文芸部員であり続け、もの静かな少女としてこれか
ら過ごすだろう、そう思ってたんだろう?
でも、
ハルヒがそうはさせなかった、そうさ。
そして今は立派なSOS団の中枠に取り組められている。もういなければならない存在に
なった。俺もそう思っている。
そんな毎日がつまらなかった訳ではなくきっとどこかで楽しいと感じているそうに違いな
い。
その何気ない仕草が、その何気ない言葉が。その表れだと判断できる。
だってそうだろう、俺には解る、お前と出会った時と今とでは決定的に違うモノが。
長門、お前には解らないかも知れないがな、少しながら感情が出来てきたんだよ。
エラーと思っていたそれは感情なんだよ。
「長門」俺は声を掛ける。
そのままの首の角度で、
「…………」
構いはしない、俺は続けて言った、
「良かったぞ」
「…………」と無言。
………あっやべっこのままじゃ長門の三角ゾーンの眺めが良かった事になってしまう、ぬ
おぅ不覚カッコよく決めようとした感が逆に何言ってんの?感を醸しだしている。まあそ
れも良かったが――って違うんだ言葉の彩で文法を紡ぎすぎたのが失敗であってな、おい
そこニヤニヤするな古泉。
「何でしょう?」
いやいやお前は関係ない事だから前だけ向いていろ。
古泉は荷物を運びながら肩をすくめるといった奇妙なテクニックを披露し、長門は、
「…………」
どことなく何か言いたそうなオーラを纏っていた気がした。

第4章

室のドアを開けたらウェイトレスが立っていた。
「いいっいらっしゃぃませぇー」とぺこりお辞儀をする朝比奈さん。誰を接客する気だ一
体、もしこれで噂にでもなったら朝比奈原理主義ファン組織のピープルがわんさかと集ま
って来るではないか事前に写真撮影禁止の張り紙をせにゃいかんな。
これは俺の想像だが、
「涼宮さんなっ何を……」
距離をジリジリと縮められとうとう壁に激突する憂い目のみくる。何とも知らない人から
見ればエロくとも怪しいシーンだ。
「みくるちゃんちゃっと体貸してねー」
変態のニヤニヤ顔。もしこれが男だったり更にハァハァ言ってるおじさんだったら即足に
ターボを効かせてドロップキックをかますぜ。「大丈夫かみくる、俺がついている!」と
な。
「えっそんなまさか…あぁー……」
と激闘虚しく、構図的に言えばハルヒがライオンで朝比奈さんがネズミといった所だろう
勝敗は最初から丸分かりで孤軍奮闘で結局は制服をなかば強引にひっぺ換えしたと俺は見
る。
「客商売と言ったらまず掛け声が大事よね、みくるちゃんはい!」と手を叩く。
「えっあっいいらっしゃぃ…ませぇ…」
頭をポカと叩き、
「違うわみくるちゃん今のあなたは十分萌え要素は出てるけどもうちょっと何とかした方
がいいわねえ、はいもう一回――」
――とまあこういう感じだろう、朝比奈さんには悪いがもう少しウェイトレスでいて欲し
いのでそのまま頑張って下さい。
「どうキョンやっぱりアイス売るならウェイトレスよねー、もうみくるちゃんったらホン
ト可愛いっこれで売り上げ上々だし美味しさだって10倍アップ間違いないわ!」
ハルヒは自分の手柄のような口調で朝比奈さんの後ろで髪を結っている。朝比奈さんの可
愛さは朝比奈さんのものだ、誰の手にも渡すつもりははだはだにない。権力を武器に攻め
られたって俺はあなたの為なら国会議事堂にだって講義にいってやりますよ。
と言ってもなーごく最近見た格好だしDVDあるから何度でも見れるし――というやつ俺
の前に来いそして前言撤退し朝比奈さんに土下座して謝れ。もうなんだこれは、そりゃい
つ見たって朝比奈さんはプリティーで且つキュートでいつもほわほわして可愛らしいなの
だが今回は脳みそを駆けてもいい。これを見た男なら確実に惚れる、でなきゃホモだ。
久々に見た朝比奈ウェイトレスに目を奪われている俺。眼福という言葉以外は何も思い浮
かばなく他にあったら是非教えて欲しいものであり今は電柱のように突っ立っている俺で
あって、言葉を発する機能を忘れているのではないかと感じ始めたあたりで古泉が、
「そうですねとても似合ってますよ」とちゃっかり口にしているではないか、それは俺が
言うべき言葉であってだなあー朝比奈さんもこいつの為に頬を朱に染めないで下さい。
「それではSOS団団長からとても重要な発表が発布されます。万が一聞き漏らした団員
は校庭を10週してからあたしの所に聞きにきなさい」
パイプ椅子に片足を立てコブシを握る。重要な発布ならもう少し静粛に行うべきであって
それではどこかの国の革命指導者の体裁だ12月アイス革命でもする気かえらく語呂が悪い
な。もう一つ、万が一聞き漏らしたとしても正直に聞きに行かずに他の団員に当たった方
がもの解りがいいだろうしお前よりも丁寧に教えてくれる、例えば専属精神鑑定家気取り
も古泉なんかに。
「このチャンスを逃すなんて先々の祖先の代にきっと後悔するわよ、チャンスから逃げな
い内にアイスを売る必要があるわ。だから――」
お前が起こした事はお前が望まない限り逃げないだろ、この暑さにせよツチノコにせよ。
なんてツッコんでる内にハルヒ暴走特急は線路が工事中でももしくは無かったとしても例
え走り抜ける、といったエネルギー漲るエンジンを体内に備え付けたようでそれを俺らが
止める意思や素振りを見せなくても完全自動的に無視出来ると判断しうる表情で高らかに
宣言した。
「明日午後3時から販売スタートよ!」

第5章

て事を言うんだ
そう言ったのはもう随分前の事になっており、今はまだ太陽が上らない、しかし暑い、と
いった矛盾をとっくに忘れた俺はただただ液体物質を言われた通りにグダグダ混ぜている
最中である。
「次はバニラエッセンスを3滴」
いつもなら周囲のざわめきにかき消されそうな長門の声がすっかり部室内に響く。もしか
したら廊下にも届いているのではないか?そう思うくらい静寂に支配された空間に俺らは
居た。
「はいよ」
3滴とは言わずに5滴たらす俺。隣の微笑を浮かべた野郎は指示通り3滴きっかり入れる。
ピチョンピチョン………液体が液体に僅かに接触する音だけがこれまた響く。じんわりと
混ざる香しい液体、混ぜるごとに甘ったるい匂いが鼻に付く。……何だか寂しい。
「次は――」
もくもくと指示を出す長門の声に不評の声も出さずに作業を進める俺と古泉。
これには理由があって……
「明日の朝一番でアイスを作る事、解ったキョン」
団長様の命令には誰も逆らえない、増して最高にハイテンションで輝き度120%だから
な、ここでケチを付けて馬鹿みたいに荒れ狂うハルヒを見たいやつなんてそうそうに居な
い。少なくともSOS団にはな。
渋々了解する俺、そこで決めゼリフ「今回だけだぞ」と言った上で。
「それとあたしとみくるちゃんは抜きで頼むわ」
何故に、俺とただにやける限定超能力野郎と無口無表情の監視宇宙人モドキと朝っぱらか
ら顔を合わせもくもくと製作しなければならんのだ、ここは花を入るんだ朝比奈さんがい
い、会話的にも絵的にもバッチリじゃないかそこで一生懸命アイスを作る可愛い上級生…
……最高だ、その場に居合わせたら何と幸せな事か。だからなハルヒこの3人ってのはい
かがなものかと、ほら料理出来そうなやつ居ないしさほら朝比奈さんだって手伝いたそう
な顔を見せているではないか。
「だーめ」とキッパリ否定顔のハルヒ。
「みくるちゃんは午後から大忙しなんだから朝からそんなことやったら疲労で倒れちゃう
でしょ」
そこまで働かせる気かノーギャラで、と視線で送りながらも無視するハルヒは、
「それに先言っておくけどあたしは駄目なのも解るわよね?」
一瞬の沈黙、「さぁな」
まあ解りきっていた事なんだがなそう思いながら左耳から右耳へとスルーした、
「決まってるじゃない団長なんだからよ」
と俺の顔を一瞬見てそんでもって目線が右上になってから、
「まああんたがどうしてもって言うなら仕方なく手伝ってもいいんだけど……」
さて役に立つのだろうか。

あ何と言うか。
「これで午後までには固まって美味しく仕上がっている事でしょう」
古泉が調理室から実質パクって来た冷凍庫にアイスの元となる液体の詰まった容器をしま
う。設定は冷風マックスで温度マイナスマックス。
「後は出来てからのお楽しみですね」
お前本当にそう思って言ってるのか?もしそうなら正気の沙汰じゃないぞ。
苦笑するニヤケハンサム、
「ええ本当に楽しみにしてますよ。実際に成功してもらわないと販売できませんからね、
どっちにしろ僕は涼宮さんが激昂する姿など好んで見たくはありません。それはあなたが
一番解っている事なんではないですか?」
ハルヒが激昂するしないは俺に取っちゃどうでもいい事だ、と言っても妙に憂鬱状態にな
っておぞましい巨人とともに灰色の世界に閉じ込められるなんてもし本当に神がいて「ち
ょいと行って来い」なんて頼まれても行くにはなれず寧ろ神殺しに参加する構えであり、
退屈して溜まったイライラパワーで雷なんて降らされた日にゃ都市が壊滅するのは目に見
えている訳でやっぱり自分にはいつものはしゃぎ加減で居るハルヒの方が安心するといっ
た現状だな。それよりアイスが出来てなくて朝比奈さんがしょんぼりする事態は避けたい
から致し方なく製作しているのである。
「正直ではないですねえ、何を躊躇っているのでしょうか?」
躊躇い?んなもん俺には無い気がするね、もしあったとしたら毎日部室に入る際に必ずド
アをノックする事ぐらいだ。それともなんだお前とやるボードゲームで王手をする前に一
歩待ってろとでもいう気か。
「話が脱線してしたようですが僕が言いたいのはですね――」横目で長テーブルをチラ見
し、
「彼女との良好な関係の事ですよ」
と言った上で声を潜めて、
「その事なんですが、どうも今回の暑さ原因が解りそうな所まで行っているんですよ」
ほー、それは良かったなじゃあ早く解決したらいいじゃないか。と俺は横目で長テーブル
を見る。
晴れやかな微笑でひっそりとため息交じりで、
「どうもあなたが関係していると僕は見ているんですよ」
数秒放置して、
「お前の目は節穴か?」
「だとしたら僕はこんなに涼宮さんの近くまで寄れませんよ物理的にも仕事的にもね」
俺はもう一度横目で長テーブルを見る、長門がいる。
「では本題に入っても宜しいでしょうか?」
「ちょっと待て……」
声を潜めて言う、
「……ハルヒがいるんだぞ今は止めとけよ」
「すぴー………」と寝息の数々。
涼宮ハルヒなる人間は、今、長テーブルの団長席側で静かに夢の中。そんな中で討論しよ
うとする気か?自分の事だってのに全く、幸せそうな顔してるぜ。
嘲た微笑で――俺にはそう見えた――古泉は言った、
「大丈夫ですよ長門さんが僕達の声が涼宮さんに聞こえないように特殊なシールドを張っ
てくれてますから。この通り――」
音量をいつもの古泉に戻し、
「僕が普通に喋っても彼女はなんのアクションの気配も感じません」
オーバーアクション気味に肩をすくめるスマイル野郎。異様に腹が立つのは何故か。
「本当に大丈夫なんですよね長門さん?」
無表情ガラス顔はこくんとミリ単位で頷いて、
「問題は無い。正確には人は発する声の音波を口内で人が聞き取れない波長に変えそれを
二人が聞こえるように鼓膜の感度を上げただけ。だから涼宮ハルヒには聞こえないし我々
の口が動いているようにしか見えない。大丈夫」
うーむ何となくだがコウモリが超音波を発しているような感じと考えていいんだな、多分。
長門の事だから安心ってのは納得できたが。
まあ先に言えっての古泉にせよ長門にせよ一言声を掛けてから行って欲しいものだと思う
ね、ん待てよって事はさっきのひそひそ声は演技かよ無駄に気を使ったから疲れたぞ。
「まあ僕の演技もなかなかと言った具合でしょうか」
お前の演技の上達度評価なんて聞いたってこれっぽっちも人生の糧にならんな、そんなに
上手くなりたいなら演劇部にでも体験入部したらいいだろうよ。
「そうは行きませんからね、涼宮さんの懸案事項をこれ以上増やすわけにもいかないでし
ょうし」
数日間抜けたってハルヒなら大丈夫だと思うのは俺だけか?案外朝比奈さんもそう思って
いるかも知れないぜ。変なエスパー少年はちょっとねえーとか。
「そんな事態だったら僕の存在意義が危ぶまれるかもしれませんね」
とたっぷりと時間をかけ、
「まあ涼宮さんに限ってそんな事は無いと僕は踏んでいますが、理由としては今今の状況
はSOS団の解散など考えつかないでしょうからねといった所です」
ガムの当たりくじが見事に的中したみたいな笑顔で、
「戯言はこのくらいにして置きましょう、これ以上の無駄話をしても先に進む見込みがあ
りませんから」
「無駄話を仕掛けたのはお前の方からだろ」
まあそれに気づいた事は褒めるべきか。まあ言わんが。
「これは失礼それでは」と述べ、
「5日前、正確には暑くなる前日と言うと解りやすいかと。それでその日の事は思い出せ
ますか?」
「突然なんだ暑くなる前?そうだな普通に過ごしたと俺の記憶は訴えているぞ」
平凡な日常なんてそうそう毎日覚えてられないからな。あるとするなら朝比奈さんがいつ
もながら可愛かったって事か。
「そこではあるません、端的に言いますと涼宮さんとの会話が重要なのです、そこさえ思
い出してもらえばこっちとしても対処のしようがあるものでして」
ハルヒとの会話ぁ?あー何だ今日も坂道が辛いなー、とか?というかお前の言うこっちっ
てまさか組織の事を指しているのか?だとしたら俺は手を貸してやらないからな。どっち
にしろ朝比奈さんなら別腹で構える気でいるが。
「いえ違います、こっちというのは僕と長門さんで、という事です。どっちにしろ持ちか
けたのは僕の方でしたが」
まあ長門が拒否する理由も無い所が妥当でこいつはいい働き者になると企んだのだろうか。
「まさか、あなたなら欺く事が出来そうですが長門さんになると少々手こずるだろうし僕
にはそんな勇気がありません、それより思い出せましたか彼女との会話?」
「んっ、何というか一緒に帰りの坂を下ったとこなら記憶が遠からず近からずあるって感
じだな」
いつぞかに心理学者のような感情移入で、
「そうそこです、僕の記憶では部活中にそれらしい表現はなかったですから、大筋でそこ
らあたりだと思います。でどんな会話を?」
こやつ俺とハルヒの会話を聞きだす事を楽しんでるな、どことなく顔の動きは変化してな
いが内面から込み上げるような声質で解る。もしやピエロフェイスを見破る能力を俺は手
に入れたのではないか?今唐突に思った事だがもしかすると俺は長門の表情も読み取れる
まで初期より眼力が成長してるし、そろそろ服の透視一枚でも出来ないものかと目じりに
意識を集中しても出来ない事は出来ないなあと諦めかけた頃にある衝動を感じた。
こんな拷問紛いな状態……長門までもが目を光らせてる、キツイよこれ。
「もうちょっと待ってくれもう少しなんだ」
暗雲すら立ち上らないそれでいて何やら予感させるオレンジの太陽がこの二階の部室の窓
から自分の眼に焼き移った時、何やら脳内で記憶のパズルピースを拾い上げた。
全く意味すら持たないピースは記憶の波を巻き起こし、
そして浚われた――
………
……

第6章

い、そう言ったのは今日で何度目になるだろうか。そんな事頭の中で生まれては消え
生まれては消え………あーもうどうだっていい、さっきまで夏だと思ったら急に冬だもん
な、今回ばかりはテレビの天気予報も頑張っていると激励の言葉を掛けたいもので今すぐ
説教をしてやりたいのはこの学校を設計した野郎もしくはそれに準ずる者でもいいと考え
ているのだがホイホイと目の前に現れてくれる訳ではなくそうであっても年代的に大きく
差がある事は間違いなく、そんな不評を心の中で述べても誰も聞いていないのでここで呟
くといった具合がこの所続くのであった。何とも人間社会は住みにくい所なんだ、政治家
よもっと国会で意見を述べてくれ。
ここでハルヒがいたらまるで無茶な事を抜かすに違いない。
「ならあんたがなればいいじゃないの」
なんてな、そこでうっかり「じゃあお前がなれ」といった瞬間「それいーね、うんあたし
が新風巻き起こしてやろうじゃないの」と言いかねないのでこのセリフは永遠に封印した
ほうがいいな。学校ですら非公式ながらも団長とは想像も付かない張り切りぶりで我が物
顔なんだ、これが総理にでもなったあかつきにはハワイ併合計画でも立てるだろうな。「
日本人いっぱい居るじゃん」とかハルヒにしか応用が利かない意味不明な意義をつけてア
メリカに乗り込むと見た。
我がSOS団への道のりなそんなもんだった、俺が他愛も無い想像夢想を有らぬ方向で考
えながら隙間風入る旧館の廊下を歩く事がこの頃の日課になっている。自分ながら放課後
になるとこの方向に足を進めているのを見るとどうやら動物のような回帰本能が宿ったか、
あるいは家に帰ってもさほど際立ってする掃除の類いやヤバいと思いながらも勉強しない
所の観点から思考するに団への参加はもっぱらの暇潰し以外他にない。できれば後者の方
であって欲しい、精神的にもそうだろう。俺は自由参加で来てるんだ命令なんかで来てな
いと思いたい。
ドアをノックし朝比奈さんの「はぁい」といった舌足らずの返答をこの耳でキャッチして
から内部に入る。「あっ今煎れますね」とぱたぱたと賃金ゼロ奉仕活動に専念するハルヒ
曰くのドジっ子メイド計画なる愚考の一番の被害者はとても微笑ましい態度で今、俺に対
してだけに崇拝なお茶を煎れて下さっている。この愛らしい朝比奈メイドとのつかの間の
時間は何とも癒されるひと時である。ハルヒという悪性病原体に毒された心と体を瞬時に
全回復する為にはこの方法が最良でありまた高い依存性をも兼ね備えているので毎日これ
を見ないと土日禁断症状が現れるのは言うまでもないだろう。
「はいどうぞ」と差し伸べられるお茶は当の本人がデパートまで行き厳選に吟味されここ
に出されている事を解らないくらい美味かった。もちろん彼女から差し出される液体なら
液体窒素ですら飲む自身はあるし例え10回の出涸らしでも玉露の味がする事は解りきって
いるのだが朝比奈さんに限ってはそんなモノを出すはずがなく、現に今飲んでいるお茶だ
って俺の普通の味覚で美味しいと感じるくらいだからきっとそうに違いないと思う。寒さ
がまた美味さを引き上げるんだなこれが。
我が部専属メイドは俺、長門とお茶を配り終えたあたりでようやく腰えお下ろした。すっ
かり長門がいるのを忘れてた、こいつの存在印象なんて昨日午後3時の雲の形より薄いか
も知れないがそれはあくまで一度や二度ほどしか関わった事のない生徒の意見で今の俺に
とってはこの無表情以外に見て落ち着くものはやはり、慌てふためく長門も心内ではそれ
なりに乙なものだとは思うが、この無表情以外に存在しないだろう。ハルヒもここまでな
れとは言いすぎかも知らないが少しは見習ってだな、席に座っているだけで神秘的な香り
が漂ってくる少女って感じを目指したらいいんじゃないか?どっちにしろ顔はいいんだも
っと有効利用してだな。
など、さて有効利用とはいかなるものか、俺の頭で脳内会議がまさに開始しようかと思わ
れる所で晴れ晴れしく愉快な面持ちで例の暴君が現れた。
「あー寒い、どうして地球はこんなに馬鹿になるかかしら」
上司に進呈した書類が未認可のハンコをもらって帰って来た時の新米サラリーマンの気分
と伺える。自分は正しいのになんでこう上の人は駄目だしするの?みたいな自己中心的で
結果的には大勢の人がそれを正しくないと言われもう退社する事態に……なる感じ。
「あっはいはい」
再びお茶に支度をするリトルグラマーニセメイド、どうせハルヒの事だからそんなに美味
いお茶煎れなくて結構ですよ丹精込めても本来の舌の使い方を無視した液体3秒胃送りを
得意としてますからね。2度出ししたやつでもちょっとの事じゃ解らないと思いますから。
「あー疲れるわ」
団長椅子に座って肩をぐりぐりと回す、紙幣一枚分の栄養ドリンクでも飲みゃいいさ。
「肉体的な疲れじゃないのよ何というか、頭を使い過ぎると精神的に参っちゃうでしょ」
初耳だな、俺の場合肉体と精神が両方駄目になる事が多々あるぞ、回数的には今居る場所
が一番多い。
「あんたの疲れは鍛えてないからよ家でシャミセンにでも猫の手マッサージをしてもらう
事ね、あたしはそんな平凡は理由じゃないのもっと社会に対しての疲労なのよ」
ほほう、その訳の解らないものが渦巻いている頭で社会を語ろうというのか、さぞかし聞
き応えがあるだろうよ、異性人存在説でも主張してもらう事を期待するぜ。
「いい?あたしの思っている事はね学校しとっての死活問題なのよ、キョン解ってるの?」
透視能力でも覚醒しろとでも言うのか。そんなもん備えていたらとっくに朝比奈さんか長
門の頭の中を透視してるだろうよ。あぁハルヒ?それはいいよ見た所で俺までパーになり
そうだからな、ついでに古泉は論議の対象外だな、決定的に。
「そんな事どうでもいいのよ、あたしはねこの学校には何で職員室しかエアコンないのか
と呆れているのよ」
そんな事が「何故変形ロボにならないのこの学校は」とか言い出すかと思えば月とすっぽ
ん、想像と妄想の差くらいある事だ。ああ何て平和でいいんだ。
「確か7月にも似たような事聞いた覚えがあるぞ、何で職員室にしかクーラーがないんだ
ー、とか」
微妙なアヒル顔で、
「それもあったわねなんて強欲なのかしら職員室は、こんど電気コード全部抜いとこうか
しら」
そこで俺や朝比奈さんを手先として使用するなよ、もしもの事があってバレたらどうする
今の成績で自宅学習を進められたらそれでこそ地獄の冬休みになりかねん。
この自称参謀長兼作戦体長兼SOS団長は胸を反らしコブシでコンっと叩いてから、
「そこんとこは大丈夫よちゃんとバレないような作戦を練ればいいんだから任せなさい」

まあ。
「出来たわっ職員室電源及びコンセントマップ」
ひらひらと目の前で泳がせられている明らかに適当加減で製作された鉛筆書きヘンテコマ
ップ、入り口出口東西南北すら解らない上に職員室ですら疑いそうになる出来だ。無駄紙
使うんなら俺のルーズリーフを返してくれ、もしくは金を払え。
「なにいってんのよ団員が団長の為にいざという時は私物でも謙譲するのが当たり前でし
ょ」
その理論で行くと部屋を漁る妹にバレないように隠したいかがわしい本もお前のものにな
るのか。もしハルヒが俺の部屋に来てうっかりバレるなんて不足の事態になったらどうな
るのだろうか。即ゴミ箱行き、何も言わず元に戻す、没収、さてどれだろうね?一番気に
なるのは没収なんだけど確率的に低いのもこれなんだよね、まあ起こさないよう努力する
のが望ましいのは言うまでもなさそうだがな。
「キョンなんか今変な事考えてたでしょ?」
目がいつの間にか近い。うぉいお前こそこんな時だけ透視能力があるのではないか、その
力を活かして探偵にでもなればいい、浮気の仕事ならバンバン解決出来そうだぞ。
想像すると目が右上に向く事が大多数の割合であるらしい――後で思い出した――ハルヒ
はそれを見逃すヘマなんて無く、
「あっ今目逸らした、みくるちゃんキョンったら部活中なのにエロい妄想してたのよ。も
しかしてみくるちゃんをダシにヤってたの――」
愛くるしい朝比奈さんからも目線が送られる、ここは強固意思を持って、
「断じて違う」
「あっそう」
疑惑の目を止めろ、ネクタイを離せそんな趣味じゃない。ネクタイ引っ張ってその光景を
うっかり見てやおい的な妄想に走っていく漫画をどこか見たことあるぞ、えーとなんだっ
けな。
「おやおや、楽しそうに何をしているのでしょうか」
爽やかな面持ちで古泉登場、僕はなにをすればいいのですかねとかみたいな肩上げ仕草は
もういい。
それを読んだのか、
「あいい所に来たわね古泉くんちょっとキョン抑えるの手伝ってくれない、もしかして携
帯にエロ画像が入っているか確かめたいから」
ネクタイが急に引っ張られたと思えば今度は長テーブル鉄パイプにリズミカルな手付きで
縛り上げるハルヒ、なんだこの拷問は。お前もただ突っ立ってないで助けるか加勢するな
らオセロをしてろ。そろそろ顎が痛ぇ、暴れると睨んで頼みごとをする前に実力行使かよ、
逆に体を固定されると無性にそりゃもがくってもんだろ。あーまあ俺くらいになると貫禄
ってやつが付くのかね、戦国時代の武将をも唸らせたまな板でさばかれるまでズッシリと
物怖じせずに構えていたコイのように抵抗はしなかった。何故だって?理由はすぐ解るさ。
「なにこのデータ、つまんないもんばっかじゃないの」
人のプライバシーお構いなくに携帯データを盗み見する暴虐っぷり全て見た所で楽しむ事
なく団長チェアーに腰掛ける。当たり前だ携帯なんぞにそんなもん入れたらもし落とした
時大イグアナように地面を這いずり回って探すだろうよ、それで谷口あたりに拾われたら
それこそ終わりだ。だから音楽アーティストあたりの無難なもんで統一するのが妥当だろ
うよ。とりあえずネクタイ解くか。
ハルヒはおもむろに外の景色を堪能したと見受けられれば今度は頭にソケット入りの豆電
球を光られた、と後で感じた。
これが前ふりだったのかもな、ちんたら結び目と格闘する俺を横目で納得するように確か
めつつ寒さ入るドアを盛大に開け、
「みんな寒いでしょ?」
お前も人並みの知能と体をしていれば感じるだろ、んな事この時期の動物なら誰だって解
りきっている、長門は別かもな、夏でも汗一つ掻かないからな。にしても解けないなこれ。
ハルヒはおもいっきし息を吸い込んで更に吸い込んで――どんな肺活量だ?――吐きなが
らこういった、
「だから今日は特別に運動的な活動を行います」
ちょいと静粛は雰囲気を混ぜ込ませるのを失敗した子供のように。結婚式で子供の言葉を
言う時みたいだと思う。
ほほうずっと座ってやるネットサーフィンにも飽きたか。
ベガの恒星の光を蓄えているんじゃないかと錯覚しそうな目をメンバーに向けて、
「だから――」にやりと解るように顔を歪ませて、
「キョンがちょうど動けなくなった所で鬼ごっこするわよ!場所は一個下の階までだから、
さあぁみんな今のうちに逃げろー」
「はぁっ?」
呆気を取られている内に一番最初に飛び出して行ったのはやはり元気が取り得のハルヒ、
それを受けて「我々も行きましょう」と古泉、無垢な朝比奈さんは「えっこれって逃げれ
ばいいんですかぁ?」と頭上にクエスチョンマークを絶やす事なく「キョンくん先行って
ますねえ」と言い残して部室を後にする。古泉よ朝比奈さんと一緒に隠れて無駄なボディ
タッチを試みるんじゃないぞ、そんな事したら鬼の役目関係なしにエイリアンのごとくつ
け回してやるからな、胃にスライムを埋め込む手術を行ってやる。
力いっぱいに締められたブツがようやく解かれる。
「よし取れたっ」
無残にもシワと後が残ったネクタイなる物質、入らんとばかりに内ポケットにしまい、イ
ザ・ユカン――と目に映るは今だに居座るお人形……ではなく、まあいい、そこの長門さ
ーんハルヒと鬼ごっこやらなくていいんですかぁー?
長門は水透明感なら水晶以上だろうという瞳を数秒向けてから、すっと思い出したそうに
分厚いハードカバーなる本をぱたんと閉じ、廊下に向かって足のある幽霊のようにすすす
と歩きだした。どことなく図書館に連れて行った時さながらだ。
「長門、」少々卑怯だと思いながら肩に手を掛ける。
「ハルヒが宣言した時点で始まっているんだぞ、だから捕ま――」
振り向いた瞳と傾げた顔が俺に訴えかける。このへんは想像の域なのだが、何とも感じる
ものがある。
「なんでつかまえるの?」みたいな雰囲気がひしひしと伝わって来るではないか。くそっ
良く似た光景でハムスターにえさをねだられている気分そっくりだ。いやしかしこれは長
門でハムスターとは人類どころか地球的に違うんであって――
とやこや考えている内にどうやら手が離れていたようで長門はドアを難なくすり抜ける。
心でため息を吐く、憂鬱な時に出るやつではなく180度違うモノである。
「まあいいだろうよ」
長門が遊びたがっているようだし、拒む理由なんて並べて無理やり行動範囲を制限するの
は基本的によくない事だ。俺の正論は長門の自主性を尊重したいと思っているし積極的に
みんなと過ごしてもらいたい。それに今の長門ははっきりとした意思が垣間見えている、
誰が解るまいと俺には解る、確実にこの半年以上の期間で出会った頃の長門とはまるで無
かったようなその感情が俺に訴えている。
それに――長門の姿が廊下の階段の下に消え、
――俺だって宇宙人や未来人、超能力者とまだ楽しく遊んでいたいからな、こんなメンバ
ーで鬼ごっこするチャンスなんて二度と訪れないかも知れないし何より、
「ハルヒが楽しそうだしな」
俺は律儀にも、もう30秒数えてから階段を下って行った。

アを開けた俺に最初に声を掛けたのはハルヒだった、
「キョン遅いわよどこで油売ってたのよ」
アヒル顔でため息を吐きつつ鉛筆回しを始める。階段裏で縮こまって居る朝比奈メイドと
軽々しく窓で髪を弾く古泉をすぐに見つけ、すっかり仲良くなったコンピュータ研でパソ
コンいじりをしていた長門をすんなり部室に戻し残るは地球最強の強豪多細胞ハルヒのみ。
やつは姿をちょろりと現したらすぐに消えるといった作戦で俺をかく乱させ体力を奪い、
5分経った頃には感じ取れるだけの気配を完全に断ちどこかの教室に潜伏していると予測
していた。案の上10分間ひたすら詮索したあげく諦めて戻って見た時現在進行形で展開さ
せているSOS団占領地で優雅にネットサーフィンを嗜んでいた。
足をクロスし団長席で踏ん反り返りながら朝比奈さんの煎れた高級グリーンティーをずず
ずと啜り、
「馬鹿ねえキョン、タイム設定は5分以内と決めたはずよ。それ以上やると体が冷えちゃ
いそうだしさ」
そんな設定聞いてねえ、断固抗議し奪われた体力と喪失した水分を要求する。という訳で
軽くマッサージとかしろよ。ちなみにそこででしゃばった古泉が「なら僕がやってあげま
しょうか、知り合いの整体技師から少し教わった事がありますので多少のコリは解消しま
すがいかがですか?」の所の「なら僕が――」のあたりで大体の事を感づいた俺はとっさ
に睨みを利かせて置き、途中で口を閉ざし肩をすくませるポーズに持って行かせたという
史実は後になっての話である。教わるならアナログゲームが強くなる方法にしろ、対戦す
るこっちの身になれ、お前は間違った意味での役不足だ。
「なんであたしが団員のあんたにマッサージしなきゃならないのよ、寧ろ走り疲れている
のはあたしの方よキョンちょいとやって」
と右手の人差し指で自分の肩をちょいちょい叩き、首を鳴らし始めたあたりでかなりコっ
ているって示している演技はさながらオヤジのようだ。ところでこの肉体労働に時給はあ
るんだろうな?渋々ハルヒの後ろに回りこむ俺に、
「何言ってんのあたしに触れる事が出来る自体ありがたいものよ、いい百年に一度しか公
開させない仏像より貴重な事柄なの、つまりキョンこれは光栄な事なのありがたくそして
心が洗われる気持ちでマッサージしなさいよ」
どうやら限定超能力者の回答は正しかったと見受けられる。なんてって今ここで神仏以上
の『神』宣言をしちまったからな、誰が見たって神として認められない人間が戦前大変な
苦労をして生きたまま元帥になった海軍のお偉い様よりも実質遥かに簡単な方法で生き神
だもんな。世間は認めなくてもなったもん勝ちってのは流石に俺でも賛同を与えかねない
ぞ、ここは民主主義体制の国家なのだ人が神を進行しようとしないとそこも自由な制約な
のさ。そんな民主主義に改めてバンザーイと言いたい。
無意識に苦虫を噛み潰した顔になっていたらしい、そりゃそうだハルヒ像を一家に一つ居
間に置きハルヒ神仏写真を天に上げそれに向かって毎日5回巡礼しなければならない事態
となったらとても堪ったもんじゃない。それを見て簡易整体指導を受けていたハルヒは「
あっそこそこそう少し下……あー」と洩らしつつ、
「なにあたしが神様になったら困る事なんて無いじゃない、税金だったモロモロの只にす
るつもりだし遊園地なんて貸切し放題よ。なにその顔文句あるの?」
ああ有るさ今さっき心中で孤独に語った所さ、なんなら今から思ったりする事を全て口に
出してやろうか?
「それは僕個人的にも大変興味がありますね」
「いやお前には言っていないから」
どうせなら恙無く朝比奈さんに吐露してどういう反応をするか見ては見たいがそんな事す
ると俺への信頼度がガタ落ちだし朝比奈さん(大)もそんな俺がセクハラ発言する光景を
味わって来たようじゃない、未来の必要事項にも記していないだろうしな。そんな事する
やつはハルヒ一人でいいのさ、そんでもって俺はたまたま通りすがった時に派手に剥かれ
たスタイル抜群の朝比奈ボディーを一瞬だけ視野に焼き付けるだけで十分なのさ、そんだ
けの情報があれば妄想だって簡単だ――おっとっと、つい口が滑ってしまった。
「文句ばっか言ってないで手を動かしなさいよ、次は腰」
ハルヒは机に両手と頭を投げ出しもう完全なリラックス体制。スクランブル体制に持ち込
むまでは相当な時間を要するかもな、案外。ところで案内と案外って言葉を解りやすく英
語表記すると『A-n-na-i』と『A-ng-ga-i』となるそうだ、どうして後者の案外の『ん』の
部分が『ng』になるかって?詳しい事は中国語の先生に聴いてくれ、きっと的確な答えを
持ち合わせているぞ。
話は戻る。すっかりマッサージマシンと化した自分の手は注文通りの箇所をピンポイント
に刺激する。この時ばかりは一大反乱を起こしたっていいんだぞ右手左手よう、と思って
エイリアンハンドシンドロームのつもりと称してうっかり胸でも掴もうと試みる――事は
しない、そのへんハルヒと頭の出来が違うからな、人前でなくてもやっちゃいけないデッ
ドゾーンだ。早々に三途の川をこの年で観たくないしね。
「キョン」とお呼びの声、「何だ?」
ここで疑惑も念でも抱けば良かった。
「あんたの手なんか妙に温かくなってきたわよ、もしかしてー女の子の体触って興奮した
とか?」
ぎくり、脳内に響いた音だ。図星とは言いかねるの当たらずとも遠からず言葉を失う。背
を向けていた事が幸いだ、今の俺の顔がどんな変人表情を映しているか悟られなくてよか
った。しかしいつも長門たちと関わっていた為か弁解癖が備わっていたらしい何故かうっ
かり出た言葉が、
「えっいや、まあなんだ……男なら当然の反応であってだな、つまり……まあそういう事
だ」
「ふーん男の人ってそうなんだ、まあ手が温かい方が気持ちいいしあたしは気にしなくて
いいからそのまま続けて。にしてもへえーキョンにも人並みの感性があったのね」
何となくホッとした。
俺がアリ並みに王の為にせっせと働く便利な生き物だと決定ずけていたのか、あいにくそ
れは大間違いだ。アリはサボるだけの働きアリだって居るし、俺の王は朝比奈さんであっ
てハルヒではない。というかよくホイホイこんな事聞けるもんだ。
そんなハルヒが痛いような目を視野の後ろにも向けられていると思われ、なんとなく微妙
な定位置に居る俺はとりあえず神定義を昔風呂敷間に広げた古泉と目があった、ムカつく
目伏せをされウインクとの二段攻撃――となんとも解ってしまうようで癪に障るがどうに
も「大丈夫ですよなにも起きてません」と読み取れる、とりあえず帰るまで視線を交えた
くないのは確かだ。
次は朝比奈さん、「無論俺は酷く興奮する馬鹿変態ではありません」と目じりに気を溜め
て送り出す。しかしここはやはりといった具合に少し驚いた塩梅を浮かべ、「駄目ですよ
キョンくん、ぷんぷん」と首を横み振って訴えている、駄目だこりゃ。
ラストは長門大臣、ここは何も言わなくてもいい、饒舌になった姿を見てみたいなんて概
念もう捨てるからさ。だからいつも通りに――
いつも通りに――微生物の大きさを測る測定器でないと解らないくらいミクロン単位でこ
くんと頷き、
――そしてミリ単位で首を傾げた。一体どうすりゃいい?
後方で構えていた俺は元凶に触れながらも後々起こってしまう日本気象至上とんでもない
事態のきっかけを作っているなんてこの時ばかりは微塵にも感じておらず、ただそろそろ
交代してくれないかなーと暢気な気分で構えていて、現状はいつも間にか寝息を立ててい
たハルヒの背中のツボを手が痛くなるまでひたすら押しまくっていた史実がある。

んな数日前の再現のようにまるでデジャブだなと感じるのを当に日常的になっていっ
た風景をただただ今日も遣る瀬無い気持ちと気分でのまともにこなし、長門の文庫本を閉
じる音であえなく本日のSOS団活動は終了を向かえた――

……
………

第7章

ー、
「こんなもんだろあの日は」
横で聞いていた古泉は勝つ馬が解っているみたいな微笑を浮かべ、
「そうですね、言わせて頂きますと実はこのあたりは僕も解っています。実際にその場に
居ましたからね、そこまでは思い出す事が出来ます」
わざわざ語らせるなっての、ボヤキ癖が付くだろ。
文字通りこの場に居るハルヒなんて所構わずといった様子で、
「ああ失礼、でも足りない部分がまだありますね、とても肝心なシチュエーションが抜け
ています出来ればそこを詳しく思い出していただくとこれ幸いです」
本気でいっているのか?俺はあれを思い出したくないぞ。ほら人間てさ動物で唯一物事を
忘れられる脳を供えているだろ、だから、
「さぁて何の事かなあ、記憶にないなあ……」
しらを切る俺を優しい警察官のような言葉と表情をし、
「記憶にないという言葉を使うと9割以上の確率で覚えていると立証されています、いっ
その事全部吐いちゃった方が気が楽ですし後で重大な証拠が出てきて罪が重くなるよりも
全て認めて軽くする方が第三者的にも人間的にも最良の手段ですよ」
んな事は当に解っている、ここが大事なキーポイントだとは自覚症状と勘違いするほど感
じている。別に話してもいいがあの部分をどう誤魔化すか脳内会議がいよいよ大詰めの迫
ってきた。そこの俺っ居眠りするな。
楽しくてしょうがないみたいで古泉は一層増してニヤケ顔になっていき、
「どんな話をしたんですか、涼宮さんと二人っきりで下校する際に」
二人っきりの所をやたらと強調しやがる、嫌がらせか?迫る人間が朝比奈さんならこの際
大歓迎だが、古泉になるとまるで違う。なんというか物心で鉛筆を一本盗むといった罪を
犯した低学年の小学生の気持ちに陥る。ちなみに例えでの話しだからな。
「ええ解っていますよ」と踏まえた上で土足で心中に入ろうとする古泉のスマイル。ああ
解っているさ。長門の表情だってここまでの歳月で読み取れるようになったんだ、こいつ
のポーカーフェイスなんて爪楊枝で出来ているのと同じだ、寧ろ赤ん坊の表情の方が判断
しにくいぜ。
後方から視線の矢が背中に突き刺さる。なんだ?とばかりに振り向くと長門の騙す事など
全く知らない、汚れを知らない瞳が直球勝負のストレートで俺を見つめている。
「…………」
本当は知っているんでしょう?――と訳せる。
「……………」
無言の圧力、ハルヒとは違う所で強力な空気。
「………解った、参ったから」
長門の緩慢な動きで潤いを与える瞼が3度上下運動を繰り返した所で睨めっこ大会終了。
正直長門には勝てんよ。
「で古泉どこから話せば納得するんだ?」
どっち道本当に納得がいくまで話すつもりは更々に無いがな。
アメリカンリアクションでスマイル、少し考えるサービスも含めながら、
「では僕が帰宅する所からが好ましいと思われますね。個人的にはあなたと軽い挨拶を交
わした後の彼女と二人っきりになった頃を是非詳しく頼みます」
そんな身勝手な注文聞く訳ねえよ、破天荒なやつは一人でいいのさ。今後の未来設計を視
野に入れてもな。
古泉が昨日冷やしたお茶を颯爽と俺らの前に次々と注いで行き、これで万全な体制が整っ
た。とした顔が窺える。
古泉、長門、俺といった順番でお茶を飲み終えた所でようやく話を始めたいと思う。異論
はないな、この際あっての無視だ無視。
俺はどうでもいい話を歴史の目撃者さながらの語っていった。
所々、不都合な個所をはしょって行きつつな。

こからは修正個所抜きでずらずら述べていくつもりで、もちろん古泉と長門に朝語っ
たやつとは別の切り口で攻めたやつだ。なんつーかぶっちゃけその日の夜思考を張り巡ら
せていた時の頭だと思ってくれればこれ幸い。実際そうなんだから仕方が無い。
という訳でシュミレーションスタート。
………
……

あとがき

一応前編終了です。
ここまで読んで下さったあなた、本当にありがとうございます。
チェックしたのですが、誤字や脱字があったらすいません。

これでもまだ見難いですね、すいません。
後編出来上がりました、良かったらどうぞ。

ありがとうございました。 作:白まき

TOPに戻ります

[ このウィンドウを閉じます ]