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第1章
第2章
第3章
第4章
第5章
第6章
第7章
エピローグ

あとがき&ネタバレ

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ハルヒの夏 後編

第1章

内が寒冷な空気に包まれ始めた頃、
「それではお先に失礼します」
最後に古泉がドアを閉めその後は静寂が耳をキーンと痛くする。
部室には俺を含めた二人しか残っていない。片割れはお構いなしに寝息をスヤスヤと掻き
すっかり夢心地である。なんの夢を見ているんだか、想像もつかない。もしかして宇宙人
と未来人と超能力者と手を取り合って仲良く遊ぶ夢か?なら現在進行形でもう達成してい
るだろうよ。
にしても。
さて、どうするべきか、起きるまで待つかあるいは叩き起こすか。
「ふぃー」とハルヒの寝息。
まあホント快適に安眠してるし、この団長さの気が知れん、今起こしても機嫌を損ねるだ
けか。ここは寝かしておくのが無難な案だな、無理に起こして逆上なんてされたら堪った
もんではない。
辺りはもうすっかり太陽が西に傾き空がオレンジに染まる頃合になっていた。そろそろ本
格的に寒くなってくるぞ、イヤだなあ早く起きてくんないかハルヒ。
何て心境虚しくハルヒはこの後30分間起きる事は無かった。逆を言えば30分で起きたのだ、
もしこれで起きる事が無かったらいっそこの部室で寝泊りしてやろうかと考えた程だ。や
ましい意味ではないぞ、決して。
ガバッっと起きたハルヒは起床時からすでにテンションマックスで、
「あっヤバっ寝ちゃった、キョンみんなは?」
なんて俺も半分うつらうつらしていた状況で突然椅子を後方にぶった押しつつ立って聞い
てくるもんだから流石に後ろに倒れ掛かった。
「ああ、ひんなほう帰ったぞ」
欠伸混じりの俺。やっと起きたかこのねぼすけ。
「そうまあ仕方が無いわ、で、あんた一人なの?」
「まあそういう事になるな」
ふーん、とハルヒは部室全体を軽く見渡すと納得したようで、
「そうね本当にみんな帰ったみたい、隠れてドッキリじゃなさそうね」
んな事後での仕返しが怖くて誰も出来るかっての。とツッコミをいれていると、
「ふーん、つまりキョンはあたしを待っていてくれた訳?」
「その通りだ」
イガグリのような視線がぶつけられる、なんだその目は?
「まさかキョン、あたしの顔に落書きとかしてないでしょうね?」
なんだそんな事か。んなもん決まっているだろ俺はそんな人道から逸れた行動は、
「してない」
「じゃあ寝顔撮ったりは、」
「してない」
「んじぁセクハラしたり、」
「してない、てかアホかお前は」
もし髪型がポニーテールだったら怪しくなるかも知れない。
腕を組みなおしたハルヒは容疑者を探すホームズの目で、
「本当かしら、怪しいものだわ。嘘発見器が今あったのならすぐにでもあんたの腕にグル
グルに巻きつけてイヤでも吐かせてやったのに」
おいおいそれは科学的でなく腕力的に吐かせる方法ではないのか。その方法は警察でも推
奨されたないぞ。
「どっちだっていいのよ、問題は常に一定方向に進んでいる訳で――?」
と意気込んだ所でようやく俺のある変化に気づいた。遅いぞ。
「あれっキョンブレザーは?」
俺はちょいちょいと指で肩を指し、お前が着ていると伝えた。
気を利かせた俺は自分の体を寒さに投じるという自己犠牲を払いながら渋々ハルヒに掛け
てやったのだ、偉いぞ俺。自画自賛を始めたいぜ。
「あっ……」
ハルヒは横目で俺のブレザーが自分に肩に乗っかっている状況に気づき、何を思ったのか
そのままさっと鞄を持って、
「キョン帰るわよ」
そう一言いい残し早々と部室を出て行った。もちろんブレザーを肩に掛けたまま。返せよ
寒な。
「…全く」
このひと時を楽しんでるのか単なる苦笑いなのか区別出来ない状況で俺は深いため息を吐
き、
「待てよハルヒ!」
全ての窓が閉まっている事とパソコンの電源が落ちている事を確認すると、いそいそとド
アに鍵を閉め遠ざかる小さな背中を追った。

う少し貸してよ寒いんだから。そう言ってハルヒにブレザーを奪われてからもう3分
は経っただろうか、それともただその時間が長く感じるだけなのか、俺は手を擦りながら
学校の坂道をハルヒと慎ましく下っていた。在学中に女子高生と下校何てちょっとの事で
は味わえないが、どうもペースを持って行くのはいつもあいつだ。
「なあそろそろ返してくんないか、冗談抜きで寒いんだよ」
「いいじゃないあたしだって寒いんだからさ」
カーディガン+ブレザーを着込んだ人間と、ワイシャツ+ネクタイの人間との体感温度の
違いをどう考えて理解しているんだこいつは。
「あんたはSOS団の中でも軟弱過ぎるのよ、これも肉体改造計画だと思ってキリキリ歩
きなさい」
へいへい、俺は可愛い上級生以下ってか。長門に腕でも噛んでもらえれば一発でボディー
ビルダー世界選手権の優勝クラスの体格が手に入るだろうな。まあそんな事言ったってこ
いつには通じないし信じてもらえないだろうからここは心の中に留めて置く事にしよう。
「なんか言った?」
舐めつけるような眼球運動で俺を睨む、なんでもねえよ。
「そう、でも今有希がどうのこうのって?」
ぎく。俺の頭にそう響く。
「最近あんた気づいたら有希にアイコンタクト取ってるみたいだけどどうしたの?」
やべうっかり口に出していたのか、まあなんというか最近あいつに頼りっぱなしだし、そ
れでも手を煩わせないようになるべく落ち着いた雰囲気を保っていたのだが、やはりハル
ヒの目は誤魔化せないか。くそっどうしたこった。
「いやあ長門はさあ、ほらなんと言うかその……」
ハルヒの目線が一定のリズムで段々痛くなってくる。絞り出た言い訳が、
「……えーと、俺はさ長門に本借りてるんだよ」
「ふーん」
「んで読み終わったから次の新しい本を貸してくれっていう暗黙の了解なんだ」
「へえー」
「それでなかなか面白いもんだから読むペースが上がって借りる回数が増えたんだ、それ
で目を合わせる機会が増えたんだよ。でその時お前がたまたま見ていた訳って事さ」
ハルヒは数秒考え込む仕草をしてから、
「……ホントかしら」と言った。
ヤバい本当に疑っている。
ハルヒは目線を離し、
「まさか有希の弱みを握って意のままにコントロールしようと企んでいるんじゃないでし
ょうね?」
出来る人間がこの世に居たら是非あってみたいよ、ホントに。
「それで有希にエロっちぃ事をしようと、」
「しねぇよ、理由ならさっき言ったろ」
「そうねえそれなら――」
オイオイまだ続ける気か?そんなの持ったって何の役にも立たないそう、そもそも長門は
そんな事があったって逆に返り討ちにしていまいようだ――、
「はっはっ、はっくしょい」と口内の唾を噴出したには俺。
ヤベえ本当に体が冷えて来た。そろそろキツイぞこりゃ。
「キョン風邪?」
風邪じゃない、ブレザーのない体から体温が外気に奪われていくだけだ。返せ。
「仕方が無いわ、風邪引いたか困るのはあたし達だものねえ」
とようやくブレザーが俺の体に戻る。うーん暖かい、ハルヒの温もりが残っているのはこ
の際気に止めない事にする。んっ?ちょいと待てよ、
「困るってお前が看病してくれるってのか?」
胸を張らせて、
「あったりまえでしょ、団員が病気になったらお見舞いに行くのは団長としての当然の義
務なんだから」
それはありがたい、仮に俺が風邪でも引いたら電話の一報でも入れて幼馴染が心配し駆け
つけて看病する感じで頼んだぞ。おかゆをふーふーしてあーん、って事も願うよ。
「バカ」
と言ってハルヒはズンズンと歩きだす。そうだそうしてりゃ体が暖まるぞ、大いに頑張れ。
「ああもう本当に寒いわ、どうしてこんなに寒いのに雪の一つや二つくらい降らないのか
しら」
一つ二つの雪なんて直径10メートル程でないと降ったって気づかんさ。
「日本海側から吹く湿った風が全部日本アルプスで雪を降ろしちまうからこっちには乾燥
した空っ風しか吹かないのさ」
「そんな事小学生でも解ってるわ」
俺が深く気象学を考えるようになったのは中学生になってからなんだが。
「あくまで平均的な人間の脳の進化具合を言ったの、キョンあんたは普通そうに見えて実
は全然普通の人間じゃなかったのよ」
「へー俺でも知りえない隠れた能力をお前は解ってしまったってのか?」
「そうよ」
是非とも未来人あたりの部類に含まれたいもので、朝比奈さんと一緒に時空旅行に出発し
たいな。
「それはね、」
ふむ。
「あたしが見てきた中でもっとも雑用係に当てはまる人間だったのよ」
ほほう、つまり普通のホモサピエンスじゃないか。そこん所さっきと言っている事が違う
ぞ。
ハルヒはピキっと目を吊り上げて、
「あーもう。ああ言えばこう言うし、こう言えばああ言うし。あー寒いしいらいらする、
カイロでも持ってくれば良かったわ。明日からみくるちゃんを抱いて帰ろうかしら」
なんて羨ましい事しやがる……じゃねえ、なんて朝比奈さん(俺)に対して迷惑な事をす
るんだ。やった瞬間もぎ取るぞ、そんで持って帰る。
「しないわよもう、ねえキョンもう一回ブレザー貸してくれない?」
「いやだね」
マジで俺が風邪ひいたらお前らが来るんだろ?どーせ看病所の騒ぎじゃ済まないな、勝手
に人のゲームを進めたり机の中を物色するに違いない。なら今の俺に体の管理を最優先す
るね、お前ならライノウイルスを軽く撃退するだろうよ。だからさ、
「まあ神教を信じているならせいぜい神様にでも祈る事だね。とっとと春にしてくれーと
かさ、真剣に頼んだら天気の神様あたりに通じるんじゃないか」
軽くスルーされるのがオチだがな。
そんなハルヒは「はあ?」と根っからに俺を小馬鹿にし、
「信じる信じないは別の問題なのよ、それにあたしなら春より夏にするわ。なんたって海
にだって行けるもんね」
冬だって海には行けるぞ、そりゃ夏の海には今に比べてとてつもない魅力が詰まっている
事は簡単に否定出来ないのは……何故だろうねホント。SOS団女子の水着姿が大いに関
係している気がするぞ。ううむ。
「それに病は気からって言うでしょ?だから天気には神なんて関わっていないのよ」
じゃあどういう仕組みなんだ?A4の作文用紙を超えない程の言葉数で頼む、出来ればフ
ロッピーに落としてくれ。
「今言ったでしょ、気からって。つまりはね――」
ハルヒは俺の肩に掛けていたブレザーをプロのスリの如くするりと奪い、
「寒いと思うから寒いのよ、ほらほらーキョン、気を引き締めろー」
と、自分の腕を通して、オレンジ色に染まるナチュラルハイキングコースを小走りに駆け
て行く。よくもまあこんなに元気な事で、実際寒くないだろ。
「早くこーい」とハルヒのはしゃいだ声が聞こえる。
さてどうしたものか。
と言うものの、ハルヒにはすぐに追いついた。微妙に掻いた汗が余計に体温をダウンさせ
る、風邪引くかも。
「ほら、いい加減に返せ」
俺はハルヒからブレザーを剥いた、だってそうだろう?
ハルヒは下手な芝居(笑っていた)で、
「キョンのえっちー」とほざきやがる。馬鹿、通行人が今のシーンだけ見たら即手錠だ。
止めい。
「あーもう」とイライラ声のハルヒ。
「なんだ」
「早く温かくなんないかしら、コート忘れてきたなんてホント失敗したわ」
そういや今日は着ていないな、だから寒いだの、寒いだの、寒いだの――あ、それだけか
――とか言ってたのか。だからって人のを?ぎ取るなっての。
「まあそうだな、いっその事真夏にでもなっちゃえばいいのにな」
「でしょ、やっぱキョンもそう思うでしょ」
まあな、でもほんの少しだけ。
「気候変動でも起こって明日から夏にでもなんないかなー」
ハルヒはニコニコ顔、不吉な事言うんじゃない。そうやって言っているだけなら「そのへ
んに松茸生えてないかなー」とか秋頃に呟いている一般人並みに可愛いレベルものだがな、
お前が言うと本当にそのへんの電信柱に松茸がニョキニョキと集団で生えてそうぐらいに
怖いんだよ、それが例え真冬の今でもだ。まあ明日になりゃ解る未来だな。
………
……

第2章

んなもんだろう。
「これでいいのか古泉さんよう」
「はい」といつもより2倍近く晴れやかな微笑で、
「ええ、十分検討可能なデータが含まれてましたのでこのあたりで結構でしょう。僕とし
ても大変参考になる公聴会になった事ですし」
俺は国会議員が喋るような口調で語った覚えはないぞ、というかどういう事だ、ニヤニヤ
するな。
古泉は無口ヒューマノイドに目を向け、
「ですよね長門さん」と言った。
それに伴いこれまた無口なヒューマノイドは、
「そう」と囁いた。
何がだ、誰か解るヤツがいたら後でひっそりと耳打ちしてくれ。そうだな肩揉みくらいな
らしてやるぞ。
「まあいいでしょう」と古泉が切り出し、
「作戦会議を開きましょう」と提案した、まあ聞いてやろう。
「ありがとうございます。それではまず涼宮さんが熱帯のような現在の気候を作り出した
きっかけを指摘したいと思います」
でなんだ、まさか俺じゃないだろうな。
その懸案事項は憎らしい事にピシャリと予想通りのようであった。何故なら古泉がワザと
らしい顔を作っていたからである。
そのすかした野郎は、
「先に言わないで欲しいなあ」とか言って、
「その事を解っているなら問題点もすぐに解りますね?」
誘導尋問だ!とか言いたいが、事の重要性を優先した俺はそんなツッコミを頭の箪笥の奥
にいそいそとしまい込んだ。
考えたく無かった状況になったがこの場合仕方が無い、
「ああ、解っているさ、俺がハルヒに夏にならないかなあって吹き込んだのがいけなかっ
たんだな」
「その通りです」
はあ……これは俺の溜息。
「つまりはですね――」と古泉が結論を出そうとした所で『待った』をかける。なんとい
うか人に言われるてから実行するより自分で宣言してから実行した方がカッコよく見える
だろ?……いや嘘だ、みんな解っている事をわざわざこいつの口から聞きたくなかったか
らだけだ。憎らしい微笑で言うんだぜ、解るよな。
「ここは俺が言わせてもらう」
古泉のどうぞと促す手と長門のクリスタルみたいな瞳を見回し、最後にしっかりと寝てい
るか確認する為にハルヒを見た。
寝いびきを掻いているハルヒは誰がどう見たって嘘寝には見えない、くらいマジで夢の中。
なんでこいつに為になあ……すぐにでも叩き起こしたい程だがまあいい、
「俺がもう一回ハルヒにさり気なく冬にならないかなあって言って同意させればいいんだろ
う、間違ってないな」
「ほう、よくもまああなたの口からそんな的確な意思が出ましたね。ああ間違ってません
よ」
そりゃそうだ、間接的でも憎らしく自分で蒔いた種で、可愛い花が咲くならまだゆっくり
してたいがなんせこの花は毒を歩きながら撒くやっかいモノなんだ、これ以上無駄な労働
をしない為には今すぐにでも掘り起こした方が世の為人の為そして自分の為だ。
それに、
と本読み少女に戻っている長門を見る。
こいつに苦労を掛ける訳にはいかないし。
「ハルヒだって一時の気の迷いだろうよ、当の本人だって心底からこんな暑さなんて望ん
でないはずだ」
いい事言ったな自分、褒めてやるぞ。おお、偉い偉い。
「随分と涼宮さんに肩入れするんですね、あなたらしいですよ」
「俺がハルヒを肩入れしているだって?」
「ええそうです」
んな事した記憶なんてさらさら覚えちゃないぜ。あるとしたら夏の孤島でハルヒが精神的
に参っている時にきっかけを与える言葉くらいだろうよ。残りの大半は……そうだなあ、
朝比奈さんにだな。
「またまたつまらない冗談を。それにもし本当に忘れていたとしたらあなたは無意識の内
に涼宮さんを助けている事と受け取っていいんですね?」
そうやって揚げ足を取るなっての。もうどうでも思えばいいさ。
「投げやりになる所も肩入れしている証拠ではないですか?」
「そろそろ俺も怒るぞ」
「ああ失礼冗談が過ぎました、でもこれで確認できた事があります」
ハルヒが心底悪女な性格をしているって事か?
「僕には到底そうには見えません。寧ろ魅力のあるレディーだと思いますが」
ハルヒがレディーだと言うなら朝比奈さんや長門はビューティフルウーマンになっとるわ
い。長門なんて不思議少女で香港映画あたりに出たら映えるだろう、ワイヤー抜きで空中
でのアクションをこなしそうな所がアレなんだがな。って話が脱線した。
「ハルヒが魅力ある女性だって?」
「そう思いませんか?少なからず僕はそう感じておりますが、あなただってそうでしょう
に?」
そうか、少なからず俺は無いぞ。そんなに敬愛しているなら付き合っているがよい。おお
いい考えだ、俺への役回りが一段と少なくなりそうだ。他のSOS団メンバーだって意義
なしに違いない。
「本当にそう思いますか?とても僕に涼宮さんは不釣合いですよ、これは冗談ではないで
すよ」
なにを理由にそんなに謙虚になるんだスマイルよ。
「謙虚になんかなってません、ただ本当の事を述べたまでです。突然ですがあなたは僕が
SOS団に入団させらせた理由解りますね?」
「突然なんだ、そんなのお前が時期の悪い転校生だったからだろ、それをハルヒが目をつ
けたってやつ」
随分ハルヒもはしゃいでいたからな、はっきり覚えとるぞ。
「涼宮さんの視点から見たらそういう事になります、しかし実際僕は超能力者で入団した
時にはすでに宇宙人と未来人が存在していた。その事についてもあなたは解りますね?」
何回もお前から聞いた話だ、忘れる訳が無い。
「ああ、ハルヒが宇宙人と未来人と超能力者がいて欲しいと願い、結果的確に集めてしま
った、だっけ」
「その通り、それらがいて欲しいと願った涼宮さんは自分でも気づかない内におのずと自
分が立ち上げたSOS団に組み入れてしまいました。しかし、」
と古泉は難しい数学の問題が解けない時のような顔をし、
「あなたはどうです、前も言ったようにこの世界の僕らを除いた大半を占める只の純粋な
一人の人間です」
只、が余計だ。まあ間違ってはないな。
「僕ら宇宙人未来人超能力者がいるSOS団メンバーに一般人のあなたがいる事は理論的
に考えられない事態なのですよ」
その一般とはどこの理論だ、ヘロドトスか?アインシュタインか?
古泉は続ける、
「つまりあなたには涼宮さんを引き付ける『何か』を持っているんですよ」
やっかいだな、今すぐその役回りをそのへんの一般人に献上したいぜ。
「だからですね話が戻りますが、あなたが涼宮さんを何らかに形であれ、引き付けている
以上は僕は彼女とは攣り合いません。それに彼女とあそこまで親しくしている人なんてあ
なたくらいでしょうね」
「ですからさっき確認出来たと言った事を含めましても――」と辺りを窺った後何故か声
を潜めた古泉は、
「あなたと涼宮さんとの関係は切っても切れない状況なんですよ」
はあ?
ふざけるな!と言ってやりたい所だったが発言のチャンスは訪れなかった。何故かって?
そりゃなあ。
「あっあのー私も手伝っていいですか?」
と控えめな声でキュートな天使が光臨したからだ。朝比奈さん登場!ならちょっとばかし
来るのが遅かった気がするが、今の気分は最高だぜい。
「涼宮さんも行くって言ってて、それで私だけ手伝わないなんて悪いかなぁと思って来ち
ゃいました――」
朝比奈さんは辺りを見渡し、
「あれぇもう終わっちゃいました?」
ええ、たった今冷蔵庫にインした所でして、まだ凍っていませんが見てみますか?
と言ったつもりだったが、朝比奈さんはちょい動転気味に、
「えっキョンくん、えっ?あれぇ口は動いてるのに、聞こえ…ない?あれぇ?」
とクエスチョンマークの百連続。そうか、しまった俺ら3人以外には全く聞こえないんだ
った。
「長門、」
本へと下ろしていた無垢な瞳はゆっくりとこっちに方向を変える。
「この声を変えるヤツを解いてくれないか?」
その間にも朝比奈さんは俺が口パクしているのに更なる疑問を覚えたらしく、自分の耳が
確認するように耳たぶをクリクリといじっている。
「あれー耳はおかしくないのになぁ」
それを見て長門は目にも止まらぬ速さで何か呪文のような言葉をごにょごにょっと呟いた
かと思うと、
本にゆっくりと目を下ろし、「もう平気」と抑揚の無い声で言った。
どうやら長門の声は朝比奈さんにも届いていたらしく、
「あっ」と声を漏らした。
「ちゃんと聞こえるようになりました。でもどうして?」
ふぃー。
その後は朝比奈さんにこれまでの経緯を意気込んで説明する気であった古泉だが、長門の
術が解けている事を思い出し軽く肩をすくめた。出番がなくて大いに結構。
朝比奈さんにまだ固まっていないアイスの原型を見せ軽く今日の午後への会話を済ませ、
長門と俺を残し各自教室へ戻って行った。
古泉は去り際に「それでは宜しくお願いしますよ」と言い残し懸案事項は増える一方。
俺も早めに教室に戻る事にし本を読んでいる長門に「じゃ放課後に」と言って部室を後に
した。
「誰にも会わなけりゃいいんだが……」
重たい懸案事項を背負いながら早歩きで誰の居ないであろう教室に向かった。

う夕方か早いな……。
なんて勘違いしそうな見事な朝焼けの空、薄い窓ガラス越しに差し込んだオレンジ色の光
がハルヒの顔をドラマッチックに染め上げる。
なんてね、前向いてたからそこんとこ解らないのだが後ろから唐突に、
「キョン」と言った。
教室ではまだ人影はない。俺とハルヒが席に着いているだけである、なんとも体がだるい。
どうやら教室までの道のりは知り合いなどには会わなかった、気がする。
何故ならハルヒが途中で目覚めたから、周りに気を止める余裕がなかったからだ。
よっとこ階段を登っていると、背中の負債の元が意識を戻した。瞬時に、
「あれっ?」
「やっと起きたか」
ハルヒは担がれている人間の顔を覗き込み、それが俺であるという事態に気づいたようで、
「ちょっとキョン、あたしをどこに浚って行く気なの変態」
俺の背でバタバタと暴れるハルヒ、お前なんて浚って行く馬鹿いねえよ。ちっとは感謝し
ろ、寝ているお前を教室に運んでるんだよありがたいだろ。
とピタッとおとなしくなったハルヒは、
「ふーんなんだ、だったらいいわあたしを教室まで運ばせる権利をあげるわ」
欲しく無いわい。
「なーに臆する事はないわ、ほらっしっかり働けーい」
とまあこんな感じですっかりハルヒの馬奴隷と化した俺は教室に着いた頃にはもう疲労の
塊になって今さっきの事で席に着いたばかりだ。なんせやたらとはしゃぐからな、お蔭で
廊下でのお前の話なんてこれっぽっちも聴いてなかったぜ。
「で、なんだハルヒ」と向きを後ろ側に変える。
まるで王様の不服をかった市民のような顔で、
「なんで起こしてくれなかったのよあんたは」
さっきも言ったと思うがな、
「そりゃお前がすやすやと快眠状態だったから、起こすのは忍びないと思ったんだよ」
「駄目ねキョン、あたしはアイス作りがしたくて朝早くに来たの、寝たくて来たんじゃな
いわ。そういう時でこそうっかり寝てしまった団長の気持ちを察して優しく起こすべきだ
わ」
「じゃあ起こしても良かったんだな?」
踏ん反り返り、
「当たり前でしょ」
なんなんだ自分に非があっても団員に責任転化とは、んな事団長がやるもんじゃねえぞ。
「いいの」
よかない。
「いい?今度からはしっかりと団長であるあたしに使えなさい。例えあたしが寝ている時
でもね」
その場合家で寝ている時でも適応されるのか?もしするなら俺なハルヒの家の前でテント
を張って24時間体制で監視しなくてはならなくなる。別にハルヒの裸体がうっかりでも見
れるなら悪くない条件だが、かなりの高確率で警察のお世話になる所があるのが俺にとっ
ては悪条件だ。とは言ってもそんな事死んでも口には出さない、あっ死んだら出せないか。
「あんたに寝顔見られるなら一生起きているつもりよ。」
ほう、それは嘘だな。
「一つもう言っていいか」
「なによ」
「もうすでに今日寝顔を見たんだが、それにこの前も見たし」
この前を通り越して今日から不眠の生活を送るつもりなのか。なら夏休みの天体観測時か
らだろうに、とつっこみたかった。
「じゃあなに、あんたにこの一週間に2度も寝顔を見られたっての?」
結果的にはそういう事になるんじゃないか、涎も垂らしていたしな。まあ寝顔も可愛かっ
たけどな。
ハルヒはアヒル口にして、
「バカ」と言って、
「まあいいわ。んで、アイスは出来たんでしょうね?まさか駄目だったなんて言わせない
わよ」
言う気ないし疑うな俺を。まあ答えは一つだな。
「完璧な出来だ、長門が正確に分量とタイミングを計ってくれたから大丈夫」
ホント、俺が目分量で量ったのをきっちり1グラム単位で計測してくれたからな。
「そう、じゃあ早く食べたいわ、もう出来てるかしら」
「そう簡単に出来る訳ないだろ、だいたい逆算して放課後あたりだろうよ」
「案外根性ないわねアイスは」
全ての食物に根性や感情があったら恐ろしい事態に発展しかねないだろう、俺達を喰うな
運動!とか起こさせてさ。
「さっさとと出来てないかしらね、もう暑くて堪んないわ」
そんな早く出来てないだろう、冷凍庫だっていっぱいいっぱいなんだよきっと。
んっ待てハルヒ、なんと言った?もう一度頼む。
「えっ?なに別に大した事じゃないわ、ただ暑くて堪んないからさっさと喰いたいって言
ったのよ。もしかしてもう出来てるのキョン?」
「いや、まだだ」
「なに、思わせぶり?嘘は言ってないでしょうね」
ハルヒからの疑いの眼。そんなに喰いたいか。
「当然よ、早く放課後になって一番最初に試食したいの」
試食どころが丸々一つ平らげるまでは認めないからな、製作者が味見も出来ないなんて知
ったらクーデターを起こしかねん。おもに俺が。
「解っているわそのくらい、あたしだってこの世界の分配法則を無視した事なんて出来る
訳ないでしょう。もちろんあんたにだって分けてあげるわ、あたしはね働いた人間には優
しいのよ」
「ああ」っと納得しかけた俺がいる。危ないハルヒが当たり前の事を述べているからすっ
かり縦に頷きかけたぜ。
最初の内にごちゃごちゃと口出しし、結果なにも役に立たずに寝てしまったヤツが言う言
葉ではないだろそれは。
「そんなの言われなくても解ってるわよ、でもあたしが寝てても現状は上手く出来たんで
しょ?なら大成功だわ、やっぱり有希と古泉くんがいると安心ね」
そこに俺を加えるってのを提案したいんだが、ついでに朝遅れて来た朝比奈さんも一緒に。
「みくるちゃんも来たの?」
「遅れてだがな」
「ふーん、ウェイトレスの衣装合わせておけば良かったかも」
朝っぱらから衣装合わせに来る人間なんていないだろう。
「まあいいわ後でやればいいことだし」と言ってハルヒは机に顔をくっつけた。その時ハ
ルヒの顔にうっすらと憂鬱モードになった瞬間を俺は見逃さなかった。まあ気のせいだっ
たらすまない。
そのまま灼熱の太陽照りつける紫外線降り注ぐグラウンドを眺めながら、
「はぁ…」と溜息を吐いている。
「なんだアイスが喰えなくて溜息転化か?」
「そんなんじゃないわ」
ならなんだ?夏バテ(冬バテ)でもしたのか、元気が取り得のお前にそんなハレー彗星が
地球に落下してくる可能性より少ない状態なんて俺には考えられん。
ハルヒはふぅ、と息を吐き、
「まあそんな感じ、ねえキョン、」
「なんだ、パシリはごめんだぞ」
「そんなんじゃないわよ。ただ今日のアイス売れるか聞きたかっただけよ」
そんな事か。心配になったか?
「だってもしかして午後から突然寒くなっちゃう可能性だってあるでしょ?そうしたらこ
の作戦が企画倒れで大失敗になるじゃない」
「大丈夫、寒くなるのは明日からだ今日の午後はまだ持つぞ」
ハルヒは下手な微笑を浮かべ、
「なんでキョンに解るのよ、もしかして預言者気取り?」
「断じてそんな事はない」
「何故なら――」
俺には解るんだこいつに感情が。長門の宇宙的な力を無理に頼る訳には行かない、まして
謎の団体に所属する古泉や未来人なのに全く未来情報を持っていない朝比奈さんにもだ。
俺は自分の直感を今は信じる、どこからそんな自信が?そんなの本人だった解らんさ。た
だ解っているのはこの12月という期間までに俺は色々な事を見てきたし体験してきたとい
う事。それはSOS団メンバーと一緒だし団発足後のメンバーのよる宇宙人や未来人や超
能力者宣言する前からクラスで喋っていたハルヒとの時間でもある。
だから古泉が俺を自分をも凌ぐハルヒの精神観察員と言われた日は流石に勘弁、といった
具合だったが今じゃ寧ろ役に立っている。
こいつの事はまだ解らない事が多い、でも解ってる事だってしっかり残っている。
今のハルヒはただ楽しみたかっただけなんだ、みんなと一緒に。だから無理やり夏にして
俺にクーラーボックスを運ばせたり、アイス製作を命令した。溜息を吐いたのはきっとみ
んなでアイスを作れなかったから来るふて腐れ、そんな所だろうよ。
でももう飽きる頃合だと見ている。ハルヒが空ばかり見ていれば大抵なにか考え事をして
いる時だ。
もういいだろ、今日楽しくアイスを売る事が出来れば。それで満足だろう?
だからさ、ハルヒに向けて、
「俺が天気の神様にいい加減寒くしてくれ、って願ったからさ」と言った。

第3章

して、
「いやっしゃいませぇ」
ウェイトレスのコスをした朝比奈さんのやたら可愛い声が窓を開けても蒸し暑い部室に響
いた。目測通り放課後から一気に吹雪く事態には至らなかった。
「あっホントにやってるんだ」などと言って入って来たのは運動部と思しき男子学生二人。
真正面に据えられた長テーブル越しにいる朝比奈ウェイトレスの横にいる人間にはマジッ
クで店長と書かれた肩書きがピンで止められている。
そこには無口な少女もいるが何故そこに立っているかは、ハルヒにしか解らない。どうせ
ただ横に置きたいだけだろうがな。
「おっ初客」と言って、
「さあ注文してちょうだい、種類は3つだから」
ハルヒは即席で画用紙に書き込んだメニュー表を指差した。
そこには、バニラ・抹茶・イチゴみるく(朝比奈みくる)と書かれたイラストと簡単な値
段が記されている。イチゴみるく(朝比奈みくる)ってなんだ?と思ったヤツ、後で解る、
まあ今度暇があったらゆっくり話す事にするつもりだ。
ある意味学校で知らないヤツはいないだろう超有名人のハルヒを見てちょと引き気味にな
った男子学生だが手前にいた一人が無難に「じゃあバニラ」と言うと奥のもう一人も続い
て「オレもバニラ」と注文した。
注文を受けたハルヒ自称店長は、
「キョン、バニラ2つね」と笑いを抑えた声で言い、アイス取り出し係に任命されていた
俺は、
「あいよ」と簡単に返し冷凍庫からバニラの入ったケースから素早く決まった量のアイス
を紙のカップ入れそこにプラスチックのスプーンを添えてハルヒの回した。この間30秒。
既に金銭のやり取りは終わっていたらしく、ハルヒはニヤニヤと俺が渡したアイスをその
まま朝比奈さんに送る。
朝比奈さんはそれを受け取ると両手で持って一人一人「はぁいお待ちどうさまでした、ま
たのご利用をお待ちしていまぁす」と頬を赤めて渡していくのである。少し首を傾げたポ
ーズをとるのは昼休みにハルヒがもう特訓した成果と見受けられる、なんというか朝比奈
さんも少しは抵抗すればいいものを……でも最高です、後で個人的に買いますアイス。さ
て、これで今日朝比奈さんが顔を赤くしたのは何回目だ?
それはまず最初にの客だったかな?いや最初は鶴屋さんであったから違うな……まあ昼休
みあたりだろうよ、こんな感じだったかな。

……
………

時間目をエスケープしてハルヒが何をしていたか?その疑問はご飯前にすたこら帰っ
て来た本人が証言した、箸を進める俺に、
「そうね、まずコピー室でチラシを刷ってたわ」
またか、バニーの格好をして配る訳て愚の骨頂をしでかすまいな?
「そんなの百も承知よ、あんただって言ってたじゃない、だからあたしは考えたの」
ほう、暴走特急の如く直進しかしない危険物体がやっと曲がると言った技術を獲得したか。
「アイスを食べたいのは誰でも同じ、でももっとも欲しがるだろうと思う人間達が解った
のよ誰だと思う?」
ハルヒ自信とかオチはなしだからな。
「俺だな」
「真面目に答えなさい」
「いや本当に喰いたい、第一に朝から労働してもう疲れたんだ糖分が欲しい」
「あたしは売る事目的で考えてるの、あんたの取り分は……それもそうねみんなも食べた
いわね、メンバー分は残しておいた方がいいかしら」
大賛成だ、というか俺に中では規定事項だ。
「まあいいわ、それであたしは天才だから解っちゃったの」
もったいぶらすな。
「それはね、運動部の人だと結論付いたの。暑い中で汗水垂らして練習してるでしょ?や
っぱり確実に売る為にはそこしかないの」
どんな理由が後ろから付いて来るんだ?
「簡単な事だわ、あいつらは照りつける太陽で体力と気力が奪われているはず、」
ふむふむ。
「そこでアイスを売りますと言った看板を見たらどう思う?朦朧といた頭はきっと何とし
てでも欲しいと働くわ、そこでみんな買ってあたしらは大もうけ」
何て悪魔的な商法なんだ!とはツッコミは入れない。でも俺の金で買った材料で売るんだ
からな、売らずとも作った時点でハルヒと他のメンバーは大もうけ、俺は大損害。何とも
理不尽ではないか、ホントに儲かったら少し位俺に転化してくれよ。
「で、チラシはどうしたんだ?」
この目が居座っている女は即答で、
「運動部の全部長に配る予定よ」
……全部長?一人づつ配る気なのか。えーと運動部はどんくらいあったけなあ。サッカー
部、バスケットボール部、バレー部、ボクシング部(あったっけ?)……もうキリが無い
わい。
「所で何で部長限定なんだ?」
「ちょっとは頭を働かせなさい、簡単よ一番頑張るのは部長、一番お金持ってそうなのは
部長、一番に部を従えているのは部長。それらを総合的に解釈した結果部長が一番最初に
買いに来そうだしそれに釣られて部員も一緒に買うに決まっているわ」
「そんなに簡単に購買意欲を引き出せるのか、部員を含めて」
ハルヒは満足げに鼻を鳴らした。
「当たり前じゃない、それが解ったら、」
俺が箸を休めているのハルヒは顔を近づけて、
「早く喰え」
俺の自由の時間を侵害するのは勘弁。

な事情でメンバー全員を再び昼休みに結集させハルヒは部長の教室と番号名前を書い
てある表とその書かれた部長の数分のチラシを手に持たせた。
「あの、これを配るだけでいいんですかぁ?」
心配そうな瞳で朝比奈さんは言った。そりゃそうだ、初期の頃はあられもない露出たっぷ
りのバニーガール姿でほぼ強制的に校門でのチラシ配りだったからなあ、いやでも自ずと
声に出てしまうといった感じだろう。
それを受けてハルヒは、
「心配しないでみくるちゃんバニーの格好でチラシ配りはしないわ」
「ふぃー」と朝比奈さん、よっぽどトラウマになっていたであろう察せる溜息。
しかしハルヒは今回も目を光らせたようで、
「今回はウェイトレスで配ってもらおうかしら」
何て事言いやがる。朝比奈さんがきょとんとする。さてと。
「さあみくるちゃん着替えましょうかー」
とハルヒはすかさず朝比奈さんの後ろへ。
「えっそんなぁ涼宮さんそれだけは勘弁して、えぇああじっ自分で脱ぎます…あっ――」
ハルヒが制服のボタンを脱がしに掛かった所で俺と古泉は廊下に出てドアを閉めた。
「えっそんな、ちっちょっと待って下さぁい」と悲哀的な朝比奈BGMを背中で聞きつつ
俺は溜息を吐いた。「はぁー」とな。
「どうしたんですか、もしかして恋煩いにでもなったん――」
「断じて違う」
誰に言ってるんだ色ボケ野郎。せいぜい女の子に変わり映えしないスマイルを送り続けて
いろ。
「それではその溜息にはどんな思惑が隠れているのでしょう?」
人畜無害の微笑を浮かべる古泉、お前は思惑だなんて大層なもん隠し切れそうな溜息に聞
こえたか?もしそうなら近くの耳鼻科に行く事だな。
「強いて言えば僕はそう感じましたが」
随分だなそりゃ。はよ行け。
「それより涼宮さんと天気関係の話はされましたか?」
「何とかした……つもりだが、」
「どんな話でしたか?」
この野郎ただ聞きたいだけだろう。
「お前には関係ない事で当たり障りのない遠まわしみたいな感じで伝えといた、多分明日
にはすっかり寒気が上空を覆っていると思うぜ」
「ふむ」と最もらしく古泉は言った所で、
「まああなたがそう言うのなら本当に大丈夫なのでしょう、何かあればこちらからまた連
絡をいたします」
と言った所でドアが開く音。そしてハルヒの声、
「もう入って良いわよ!」
さて朝比奈さんのウェイトレス姿でのチラシ配りをどう阻止するか考えながら部室に入っ
た。

果の所、朝比奈さんはハルヒと一緒に部室で接客に特訓となった。
ここまでに至る道には俺がハルヒに朝比奈さんがウェイトレス姿で学校を歩く危険性を簡
単にもおぞましく言い聞かせたお陰である。
何となく理解を示したハルヒの一番の理由はこうだった、
「そうね、万が一パパラッチでも出てSOS団公認じゃないみくるちゃん写真が世間に回
ったら大変だものね」
と言った具合で朝比奈さんの人権を軽く凌駕している。まあ一つ解った未来がある、いつ
か写真を売る気だったって事、その時は全力を尽くして抗うつもりだ。俺は獅子になるぜ。
そんな朝比奈さんには悪いがこれも今後の為だと思ってくれ。ハルヒのおもちゃになるの
は大変心苦しいが。
残った3人はハルヒと朝比奈さんの分を含めて配るといった事になった。
運動部と括っても数がある訳ではない、分担すれば昼休み中に配りきる程だ。
まあ俺は部長を見つけると「SOS団ですけど団長のハルヒからの伝達です」と言ってそ
のままの勢いでスグに終わらして来た。何とも目が泳いでいた気がしてならない。
古泉は「こんにちはお馴染みのSOS団の者です。団長の涼宮さんからあなたとその部員
へ渡したい物があります。手紙だと思って受け取って下さい」と手渡し軽く会釈をして俺
に続き帰って来た。
当の長門は少し時間を使ったらしく俺らの2倍以上を掛けた。
どういうものかというと、まず部長の教室に行く、次に部長の彼(彼女)の前1メートル
で止まる、そしてじっとラムネに入っているビー玉のような瞳で見つめた後に「受け取っ
て」と言って手紙を渡し教室を後にするといった所。
この時周りの人が「もしかして告白?呼び出し場所と時間はどこ?」と勘違いしたと言う
ケースが発生したと聞いたのはいつの日か、風の噂でだ。
予想すると、もてない男子柔道部部長(見た事ないからこれもまた予想)がもらった瞬間
は胸がときめき(長門みたいなのを好みに人に限る)大喜びだがイザ開いて見たらハルヒ
からの宣伝チラシですっかりショボーンとした光景(想像)が頭の中に浮かぶ。もし俺に
知らない女子が突然同じような状況でやって来てこの結果だったらそりゃ……がったりだ。
予鈴5分前、ハルヒはぐったりしているウェイトレス朝比奈さんにさっきのチラシを渡し
た。まさか一枚くらい配れって言うんじゃないだろうな?
ハルヒは俺に睨みを効かせて、
「違うわよ、これから説明しようと思ったのにあんたは……まあいいわ」
コホンと咳をして、
「ほらこれから頑張るであろうみくるちゃんにアイス一個無料券を進呈したの。だからそ
の券を使って自分で食べてもいいし友達にあげてもいいって言おうとしたの。お解り?」
ハルヒにしては意気な計らいではないか、まあ鶴屋さんあたりを呼んで来いといったメッ
セージが込められていると俺は見ているが。
それに対し朝比奈さんは微笑みを取り戻し、
「えっ本当ですかぁ、ありがとぅございます」とペコリとお辞儀をする。
「じゃあそうですね、うーん、あっ鶴屋さんをお呼びしたいと思います」
予想通り。元気な台風が一番乗りでやってくるぞこりゃ。
予鈴が鳴りだした所で一旦解散、着替える朝比奈さんを最後に各自教室に向かう。
俺は溜息、朝比奈さんはきょろきょろ、古泉はニコニコ、長門はペラペラ、ハルヒはニコ
ニ……いやニヤニヤ。
そんな面持ちで廊下を歩いた覚えがある。

課後、鶴屋さんは朝比奈さんより少し遅れてやって来た、掃除があったからだそうだ。
お陰で朝比奈さんはウェイトレスに変身する時間を得た。微妙な顔をしていたが。
ハルヒ程とはいかないがそれに準じる形で木製ドアを開けた。音で表すと「どぉーん」と、
Don’tではない。
「やっほーみくるにハルにゃん、誘惑に誘われて来ちゃったー。おおっ古泉くんにキョン
くんに長門っち、こんにっちわぁー」
無敵艦隊スマイルを引っさげてぶんぶんと手を振る元気印な先輩。
俺は「こんちわ」と、古泉は「どうもこんにちわ」と、長門は「………」とそれぞれ全く
揃わない挨拶を見て何故かげらげら笑い出す鶴屋さん。どっからそのハッピーが湧き出て
くるんだか俺には解らん。こればかりはハルヒと共に学校の七不思議に加えたいと思うよ。
あははーと笑いつつハルヒの手を取りに、
「今日はっありがとねっ、こんなに暑いのにまぁっさか学校でアイスが食べれるなんてっ
もう最高さぁー!」
「いいのいいの、それみくるちゃんにあげたやつだったしあたしはそんなにケチじゃない
わよー」
嘘つけ。
「ふふふぅ!ハルにゃんの優しさに感動した!偉いぞっきっと将来めがっさ良いお嫁さん
になるよっ」と鶴屋さんはハルヒの肩をぱたぱたと叩く。そんな行動取れるのはあなただ
けです。
ハルヒは満更でもない顔をしていたが、俺の視線に気付くと「あっ」と言ってすかさず命
令口調でこう言った、
「キョン、定位置に付きなさい。初めてのお客さんなんだからしっかりとした態度で迎え
るのよ」
手をパンパンと叩き、
「ほらみんな、位置について」
それを聞いて位置に付く俺ら。自分は冷凍庫前、古泉はスプーンなどその他に補充で俺の
横、ハルヒを真ん中に朝比奈さんウェイトレス長門といって順で立つ。
「おおおぉー、なんか本格的ぃー」
「でじょそうでじょ?じゃあちょっと注文してみてよ」
「いいの?オッケー、んじゃあどうしよっかなっ?んんー、」
真剣な顔と思われる表情になってポンっと手を叩く。
「ほいしゃ決めたっち、抹茶で頼むわっ」
ハルヒは鶴屋さんから無料券を受け取るとおもむろに自分のポケットにしまい、ニヤっと
した。
「キョン抹茶一つ、大至急で」
「あいよ」
これまた溶けない内にアイスを盛り付け、冷蔵庫に冷やしてある黒蜜をその上に適度に掛
けスプーンを乗せ、ハルヒへ。ちなみに黒蜜を掛ける案を出したのは俺だ、自分で言うの
はアレだがなかなかいいだろう。
ハルヒから朝比奈さんへ、アイスリレー終了。長門の出番なし、多分これからも。
頬を赤らめながらも朝比奈さんは両手でカップを持って首を軽く傾げ鶴屋さんに手渡した。
さながらまるで大好きな先輩にチョコを渡すような光景である。男ならドキドキものだ、
うーん可愛い。
「ありがとっくっくっ、みっくっくる……あっもうだめ、あっはっはっはっはっみぃみく
るかわいぃー」
アイスそっちのけで爆笑、と思ったらアイスも一緒にぱくぱく食べている。器用なお方だ。
笑っては食べ、笑っては食べそれを何回か繰り返したあたりでなくなったようで落ち着い
た。
「どう美味しかった?」とハルヒが聞けば。
鶴屋さんはニコニコ。
「ぷはっおいしかったよ、ごちそうさまっ」
それを聞いてハルヒはほっとした顔になる。作ったのはお前じゃないぞ、俺らってのを忘
れちゃならん。
「よしよしこれで上出来ね、後はお金を払ってくれるお客さんを待つだけだわ!みんな気
を抜いちゃダメだからね、これからが勝負なのよ」
ハルヒがおーと言った掛け声を放ち俺らもそれに続いた。小さな声で。
その後鶴屋さんは家の用事があったらしく、部室の時計を軽く見ると、
「悪いっこれからちょっと用があるんだっ。あたしゃもう帰る事にするにゃあ、じゃあハ
ルにゃん頑張ってね」
と大げさに手を振り俺達を後にした。
鶴屋さんにニッコニコ鼻歌が聞こえなくなった頃に本当の初めてのお客さんがやって来た
のだった。
………
……

第4章

後5時、空が4分の3暗闇に覆われる頃。主に俺と朝比奈さんが疲れきった溜息を吐
いてぼんやりとハルヒの声を聞いた。心持、サービス残業がやっと終わった時みたいであ
る。
「よしっこれにて今日の販売を終了とする!みんなお疲れ」
やっと終わった。かと思ったら今度は片付けアンド在庫チェック。
ハルヒの読みは大筋当っていたようでその後、旧館な事も幸いして五月蝿い教師に見つか
りどやされる事態に発展する気配もなく、噂が更なる噂を呼んだのか運動系部員と見られ
る客が次々に来店し、いつしか3種類のアイスも空になっていった。もしかしたら鶴屋さ
んが帰り際に噂を流してくれたのかも知れない、気が利く先輩だとても頭が上がらない。
ううむ……考え過ぎかも知らないが上手く行き過ぎてる気がしてならない。どうなってる
んだ、確率的にありえないだろ、今頃教師に呼び出されないで平穏な状況なんて。と一つ
の考えが頭を過ぎる。
ハルヒ、お前がここを教師達に見つかり難くしたのか?今好調に活動中のその能力で。
思わず見つめる、5秒程。反応なし。
……なんてな。
しんみり審議するのは俺には向かん、楽しければそれでいいんだろ?理屈抜きでさ。なあ
に明日には終わっているはずさ、臆する事はなにもない。今の所はな。
「キョン、どう?」 今聞いているのはアイスがどんなけ残っているか、という事らしい。
「んーアイスの在庫はもうどれも空だぞハルヒ」
掻き集めれば一人分くらいいきそうなもんだが、ここは言わないでおこう。明日の朝あた
りにこっそり喰ってやる。なあに寒くたって喰えない事はない。
「そう。んーそうね明日はどうしようかしら、キョンはどう思う?」
「そうだなぁ、」
ここでさり気なく古泉がこっちに目線を効かせる。解っとるわい。
「俺の第六感が明日はとても寒いって訴えているから作らなくてもいいんじゃないか?」
少々強引過ぎたと自分でも感じる。
「ふーん」と考えるポーズを取る。
「まあいいわ、とりあえずみんなでアイスを食べながら考えましょう」
俺に意見無視かよ。
みんなが落ち着いたあたりでメンバー全員長テーブルに腰を下ろし、珍しく気を利かせた
ハルヒが冷凍庫の奥からキンキンに冷えたアイスを配った。みなそれぞれ味はバラバラ、
しかし労働後とあってとても美味かった。そうだろ、だって。
話は明日の朝の天気模様で判断しようといった無難な策で落ち着いた、寧ろハルヒ以外の
メンバーがそういう風な誘導的言葉を巧みに使った功労の結果でもある。朝比奈さんの意
見がはあまり反映されなかったのについてはこの際省く事にする。
朝比奈さんの隣でニヤニヤしながらただ立っていただけであったハルヒは、疲れ顔を見せ
ない…いや感じされない元気っぷりでその場を締めくくった、
「みんなお疲れ、後は家でゆっくり体を休めなさい、」
言われんでもそうするつもりなのだが。
「明日は……そう、天気予報は当てにならないけどきっと空っ風が吹き荒れる冬真っ只中
になりそうだわ。有希がそう言うんだから確率は120%よ、」
そういう補助的な事を長門はしてくれたのだ。「有希明日ってどうなると思う?キョンよ
りいい意見何かない?」と質問に一度俺の方を見て肉眼じゃ捉えきれないミクロな頷きを
して「気象学観点から予想するにこの暑さが長続きするとは考え難い。だとすると明日は、
晴れでも気温は今程まで上昇する事はない」ともっともらしい言葉を並べてくれたのだ。
ありがたい、もしかしたら俺より長門の方が影響力があるんじゃないか?そこん所古泉に
言っておこうか「お前に考え、あってねえぞ」って。
「天気さえまだ大丈夫なら明日だって好調に売れたと思うけど、あたしは楽しかった。な
によりアイスを学校で食べれた事に関してはもう十分よ。だからこれにて朝比奈アイスク
リーム店は一時休業よ、それじゃ解散!」
朝比奈アイスクリーム店とはハルヒと俺が付けた店名であり、最初にハルヒが出した案は
『朝比奈ウェイトレスが上目使いで完全奉仕する店』と言ったコンセプトを全面に打ち出
した『ウェイトレスみくるのドキドキアイス屋さん』であり、それは営業上の理由と朝比
奈さんの心境を思い俺が即刻ダメ出しを行い、激論と説得の末にこれに落ち着いたという
緯がある。流石にあの店名だったら誰だってアイス屋って解ってても引くだろ。
それよりちょっとまて。
「一時休業ってまたいつかやる予定なのかよ」
行きと帰りの電車を間違えたような子供の表情を浮かべて、
「何言ってんの当たり前じゃない。またこうやって突然暑くなる状況があるかも知れない
でしょ?もしその時になったらまたコンスタントに活動を始めるのよ」
「いつになるんだそれは、その時になったらまた朝から呼び出されるのか」
「もっちろん、携帯の電源は常にオンにしておく状況を心がけるのよ」
電池パックに寿命を無理して縮めろってか。
「そうよ」
おい。
「いつ来るか解らない現象に対処する、これは常識だわ。それにもしかしたら明日…いえ
今夜中にだってあるかも解らないんだから」
無い事を祈る。増してやあの日の夜のような事は避けたい。長門、任せていいか?
「そうだなそれより、」
その電気コードが詰まったでっかい箱を指す。
「冷凍庫を返すのは明日でいいか?流石に今日は辛い」
「えっ」と謎の声を上げ、ハルヒは少し考えてから、
「……みんな今日は疲れているし、そうね明日でいいわ」
おっハルヒにしては優しいじゃん、いつもならキリキリ働けーとか言って強制労働を恒久
的に科すにのな。
「何よあたしはそこまで厳しくしてないわ、それに例え厳しくてもそれはみんなの為を思
って言っているだけ。……そうね『指導』と言えば解りやすいかしら?」
『拷問』と言えば俺には解るが。そこんとこの配慮はないのかね、多分ないと思うが。
「ほらごちゃごちゃ言わない、何度もあたしに言われる気?あたしだって疲れてるの、し
たらさっさと解散しなさい、はい終わり」
ハルヒは手をバンバンと叩くと半ば強引に団員を外に締め出し、ドアに鍵を掛けとっとと
階段下に行ってしまった。何なんだ。
さぁて、俺も帰宅と行きましょうか。皆さんお疲れさまでした。
残ったメンバーで軽く会話を交わしながら、昼頃アスファルトが吸収した熱をジリジリと
足元から浴びつつも分岐点の途中の道で個々に別れた。
朝比奈さんはへとへと、古泉は何か考え顔、長門はいつもと何も変わらない。大げさに言
えばその表情が唯一で絶対的な安心材料になっている事は確かだ。
みなの顔が見えなくなり南から吹く生温い風が体を滑る頃――
ん……なんだ。
――じんわりと額に汗が染み出てくる感じで自分の頭に何か引っかかるモノを感じた。
この感じ、どこかで味わった気がする。いつどこで?
一瞬と言う言葉がまるでそっくり当てはまる現象だったようで、思考を張り巡らせている
内に何かはアイスが溶けていくように薄れていった。
なんだろう、妙に気になる。
いつに日か体験した事がある、夏の日か?いやあれより何か異なる点がある、水の中に墨
を一滴垂らしたようでその微妙な気配を読み取れない。
くそっ。――汚い言葉で失礼。
頼りの長門は……もういない。ましてや古泉や朝比奈さんもだ。どうしようもない。
今から長門に電話するべきか?
俺はごそごそとポケットから携帯を探し当てた!……待て違うそうじゃない。
ブツを押し戻す。
長門には今後どうしようもない緊急時以外は頼らない、そう決めたじゃないか。
なら古泉か、朝比奈さんか?
――止めておこう。
それもそうだ、こんな些細に気になったってだけで呼び出すのは気が引けるしな。たかが
デジャブ的な事情で。
きっと単なる頭痛なんだ。
あの頃はそう思っていたんだ、1分で忘れるもんだと。でも後で考えるとそれは自分自身
に対するサインだったと思っている。これから始まるハルヒに変化を教える為の一種の猶
予時間を与える信号だったと。しかし無能な俺は感じ取る才能が無かった、ああ何てバカ。
ハルヒに「バカキョン」と呼ばれるのも解る……こればかりは気がしない。
未来の俺、もし朝比奈さんと時間遡行が出来るなら今すぐその電柱から矢文でも俺に打っ
て気付かせてくれ。頼む、終わってから全てが解るってのは無し方向で。
記憶が正しければ電柱から矢文が飛んでくる事もなくただそこを通り過ぎた。今日の晩御
飯は何かなーという具合で近い未来なんてこれっぽっちしか考えてなかった。マジもんで
長門に電話すれば良かったと相当悔やんでる。
次の日になるまで、何も知らないまま。

アイスを喰いながら「キョンくんお帰りー」と出迎えてくれた妹を「歩きながら食べ
るんじゃありません」と言い、晩御飯時であったのでそのまま征服で飯を食べた。冷やし
中華だった、一週間前はおでんを喰ったのに。
「もう食べれないー」とご飯を残す妹に俺は「アイス喰ってたからだろ」と軽くつっこむ
と「てへっ」とかわい子ぶってドアの向こうに消えた。
部活中アイスを冷凍庫に入れたり出したり、立ったり屈んだりを繰り返していた体は妹が
無駄に入浴剤を入れすぎた風呂でもすんなり受け入れてくれた。心行くまでじっくり浸る、
うーん染み渡るぜとことん体の奥まで。
見たいテレビ番組は今日はない、特番でUFO特集が組まれていたらいっそ長門誘って見
てやってもいい。正直どんな反応をするか見ていたい気がする。まあどうせだ、そこにハ
ルヒと朝比奈さんと古泉を加えて大いに騒ぎながら「このUFOは本物か偽物か」ってい
う討論をしてもいいぜ、相手になってやるよハルヒ。ただし実際に連れて来なくてもいい
からな、必要ないサプライズは誰も期待してないからな。
ふいにベッドに横たわると激流の如く、睡魔が襲い掛かってきた。もう抵抗はしない、と
いうか出来ない。なあに好きにしろ、俺はここにいる。
時計の針が誤差なく直角になるのを今日の最後の記憶とする頃、寒くなると思って毛布を
掛け夢に世界へと旅立った。あっちはすぐに向かい入れてくれたようだ兎が手を振ってい
る、目がもう重い。
何となく面白かったり夢は起床しても少しの間ならぼんやりと覚えているものだ、そうい
う経験今までだって数え切れない程沢山ある。あの日は別物として考えてだ。
しかし無常にも夢の余韻すら浸らせない出来事が発生し、快適快眠していた俺をベッドか
ら引きづり下ろした。
――ピリ……リリ……
何の音だこれ…。ぼんやりした頭で考える。解らない。
―ピリリ…リリ……
目覚ましかぁ?こんな音だったっけ?
ピリリリリ、ピリリ……
そうだ、確か携帯の音だっけぇ?
………っておい!携帯鳴ってるじゃねえかっ。
思わず吃驚して毛布を絡め取って転げ落ちる。
身動きを著しく低下させつつも鳴り響く携帯に手を掛ける。そのまま耳へ。
「んーもしもし?」
寝ぼけ声の俺。そこには健康そうな聞きなれた声があった。
『もしもし夜間遅くにすいません、古泉です』
「なんでこんな遅くに……今何時だ?」
時計が近くにあったって見る気が出ない。
『丁度午前1時を過ぎた頃合だと思います』
ホワット?
「1時だって?なんでまた」
『その事は今電話では詳しく説明できません。ただ明確な理由は涼宮さんが関係している
としか言えないでしょう』
またハルヒか、人の睡眠を妨げる程元気ってヤツはあいつだけか。なるほど納得する。
「で、電話じゃ話せないって事は……、」
『お察しの通り今からある場所に集まってもらいます』
と来たか。全く毎度お馴染みのパターンだな、検討はつくが。
『場所は…そうですね、長門さんのマンション前の公園で落ち合いましょう』
「待てあと何人呼んでいるんだ?」
『今いるのは長門さんだけです。さっき朝比奈さんのも電話したので後数分で来るでしょ
う』
なんてことだ、古泉に朝比奈さんのほわほわ目覚めボイスを聞かれちまったという魂胆な
のか?いいとこ取り何て許さんぞ。
『とりあえず大至急来て下さい。それでは、』
「ちょっと待て、これだけは聞きたいハルヒは何をやらかしたんだ?」
古泉は電話越しにくくくと笑い、
『あなたならすぐに解ると思ったのですがねえ、』
もったいぶるな。
『……やっぱり止めときます、それまでに絶対気付くと思いますから。それでは』
それだけ言って古泉から電話が切れた。
とりあえず長門のマンションに行くしかない。選択肢はそれからだって選べるはずさ。い
つだってそうだったように。
すっかり安眠モードで重くなった体をゆっくりと起こし、パジャマを脱いで適当に見繕っ
た服に着替える時、俺はそれにようやく気付いた。つくづく寝ぼけている事が怖くなる。
「そうか、まだ寒くなってなかったんだな」
夏服のYシャツとズボンを着つつ壁かけの温度計を視野にいれる。表示温度は――27度、
まだ熱帯夜だ。
意気消沈しながら家を出る、もちろんこっそり一階の窓からだ。
「はー」
出てしまう溜息を自ら聞きつつ自転車のチェーンを回しに回しまくった。
ちゃんとオイル注しとけば良かった、風がぬるい。

第5章

が聞こえる。
「――キョンくんキョンくん、朝だよ起きてー」
「んぁ?」
……べらぼうに眠い。
目を開けると妹が腹に乗ってやたらはしゃいでいる。邪魔だ、重いぞ、それ以上暴れると
腹の中身が出るから止めろ。それよりシャミセンに朝ご飯を与えたのか?
「ああっそうだ、忘れてたー」
「えへへー」と言っていそいそと部屋から出て行く。
「シャミーシャミー」と声を掛けた後、「にゃあ」というシャミセンの鳴き声が悲鳴めい
た声に変わっていくのが解る。
時間も押している事だし早々に朝ご飯を済ませ、夏の制服を着つつ部屋の窓から空の眺め
る。いやらしい程の快晴が雲を押しのけて広がっている。
天気は絶好調で今日も異常気象。嫌気が刺すがそれも今日で終わる。
いや午後で終わる。そうなる事は必要事項だからだ。何故かって?そうなってもらわない
と困るのだ、俺にしても世界にしてもな。
さてそろそろだなあいつからのヤツは。
そんな事を考えていると電話が不快は電子音を響かせた。3コール鳴り終わった所で俺は
出た。
『キョン大変よ今日も暑いじゃないの』
妙に弾んだ声、ハルヒからだ。
「ああ知っているよ」
不平めいた声で、
『なによその態度、まるで昨日から解りきっていたような……まあいいわ、解ってるだろ
うと思うけど今日もアイスを販売するからね、いい?』
朝から元気なもんだ、昨日の事も知らずに。まあいいだろう、ダメとは言えないしな。
「OK、大丈夫だもう用意してある」
『ほーキョンにしては準備がいいじゃない関心したわ』
既にお前がスヤスヤ寝ている時間から予期せぬ事態に備えて行動していたんだよ、どこそ
かの超能力者がしつこく言うもんだからもう一度寝る前に準備したわい。そこんところ察
してもらいたいがそうも行かないのが現状でして……って解ってもらえない相手に言った
って無駄か。心の中だし。
『じゃあ昨日と同じように頼むわ、あとあたしは色々と忙しいから手伝えないってみんな
に言っといて。それじゃ』
と言い残して電話は一方的に切れた。
それを受けて俺はハルヒ直々指名の材料を鞄に詰め込み、家を出る。ああ暑いなもう。
これから昨日と同じ事をすると考えると少々酷な話だが、もう背負い込んだ荷物がそれこ
そ空けるまで中身は確認できないものであって万が一なま物であるのなら早々に目的地ま
で持っていかないと大変な事態になる。それならなおさら急ぐべきじゃないか?それとも
ガラスのワインコップを運ぶようにもっとスローペースで行けばいいのか?遠回りしてで
も確実な道を選んだ方が得策なのか、なあ自分よ。
俺が行動を起こせばハルヒに取っての起爆剤となる。古泉めもっともらしいセリフを残し
やがって、深夜にそんなスマイルをよこしたら誰だって不審者だと見間違えるっての。具
体的に何をすればいいのか教えろよ精神科気取りさんよお。「それはあなたが考えて行動
するのが一番の得策でしょう、僕も涼宮さんの心の中まで読める訳ではありませんから」
って言われてもホントどうするつもりだ俺は一体。
なあハルヒよ、本人じゃなくてもいい。頭の中でも妄想の中でもいい、頼むから教えて欲
しい。
マンションに付く前から話していたらしく到着した俺に「これらのキーワードを常に思い
ながら今日の学校を過ごして下さい」と言って順番に一言。
朝比奈さんは少しおどおどして「涼宮さんが夏に出来なかった事をしたいから今が暑くな
ったって思うんです……えっとその、つまりある事をクリアしないと終わらないと思うん
です」と。
長門はいつもながら平坦でしかし静寂に包まれた時間では一層神秘的な気配を感じさせつ
つ「涼宮ハルヒが望む事をあなたがすればいい」と朝比奈さんと同じ意見。
古泉は街燈に照らされた微笑一つ寄こして「雰囲気です、もしくはベタと言えば当てはま
るでしょうか」……知るか!
これらを要約するにお前が望む、夏にしたかったコトっていったい何なんだ?そこで俺は
何をすればいい、役割はいつも通りお前を補佐するので仕事でいいのか?
どうも気が進まない、何かハルヒの策略にはまっていると感じるのは俺だけか?キーワー
ドだけで推理してくれってもしかして古泉達を巻き込んでのハルヒによる壮大な推理ゲー
ム、或いはドッキリか?……だとしたら暑くなるはずがない。
まあ、解っている事はどうやら開かないドアは放課後にあるらしい。それまでに鍵を探さ
なくてはならないというのが今の仕事って事さ。
モラトリアム的な時間はそうそうにスタートを切っているからな。
そう考えても感じる暑さは一向に変化しないがしないよりはましと無駄なあがきとばかり
に自分なりに思考を巡らしていた。
そんな事あって学校が見える距離になった頃、今日のアイスを朝早く行って仕込む事を唐
突に思い出し急いで坂を登った。実際起きた時間で既にアウトなのだがな。
案の上俺とハルヒを除くSOS団メンバーが一仕事終えそこで待機していた。何て手際が
いいんだ。そしてすまん。
もしこれでハルヒが手伝う事が出来てここにいれば……俺はペナルティか。いやその場合
もっと早い時間のハルヒから電話があったはずだ、絶対に。
攻めるそうで悪いんだが、ここにいるメンバーだって俺が遅刻していると解った時点で連
絡くらいしてもいいんじゃないか?古泉あたりがよ。
まあラッキーと言うか運命というか、起こった事としては事実だ。そうやって今まで歴史
が作られた来たんだ。俺の歴史も日本の歴史も、そして世界の歴史も。
全て『必然』と考える人がいるがそう思うのは少々物悲しくないか。だからこれから起き
る事は偶然と思ってもいいんではないか?
騒々しい神様がいつも俺の後ろに座っている事だしさ。

第6章

局キーワードやらを様々な形に組み替えても何の名案も浮かばず、心持ちとしては鍵
を針金に持ち替えその場その場で何とかするというスタイルでドアとなる放課後を迎えて
しまった。さながら「物資のない前線で出来るだけ戦え」と上からの命令があった兵士の
ような面持ちだ。
今日もハルヒは元気いっぱいやる気いっぱい矛盾いっぱいで朝比奈さん長門とならんでア
イスを販売していた。古泉は補充係りで殆ど立っているだけ、もちろん俺は引き続きアイ
ス盛り付け係で腰を痛めそうだ。
3時から30分、順調に安全に且つ効率よく数個が売れた所でハルヒ店長兼傲慢社長が不満
を漏らした。
「何か普通に売るだけじゃつまらないわねー」
そもそも学校でアイス売っている事で既に普通じゃないんだよ最初に言っただろ!とツッ
コミたい気持ちをそこそこに抑える。
「じゃあネット販売でもしてろ、アイスは基本的に賞味期限がないから注文がなくて売れ
なくてもいつまでも冷凍庫に閉まって置けるぞ」
原に賞味期限なんて表示されてないし、あったら売れ残って処分されるのがオチでそれに
伴う費用がかさむからな。まあそんなトリビア的な話はほっとこう。
「そんなのつまらないわ、あたしは今やりたいのよ解るでしょ」
「万年雑用係りの俺には微塵も解らんなあ」
「あんたはいいの」
ハルヒはふんと息を鳴らしつつ眼を怪しいもんにした。矛先は目線から容易に想像できる。
いつも太陽の核エネルギーを吸い取っているんじゃないかと疑ってしまう生意気な下級生
から存分に振り回され……失礼、可愛がられている、
「そうよねえみくるちゃん?」と朝比奈さんに振った。
突然振られた朝比奈さんぴくっと体を震わし、
「ふぇ?えぇっと、そうですね……体を動かすのは健康に良いですし……?」
「そうよねー、じゃあみくるちゃん最近学校の体育以外で運動はしているかしら?」
「えっ体育以外ですかー、うーん」
可愛らしく考え、
「特にないと思いますけどそれが?」
「それは大変だみくるちゃん、筋肉が衰えて老化する道を辿っているわ。あたしが手助け
してあげる、こんな運動はどうかしら――」
とハルヒは部室の隅に置いてあったクーラーボックスを朝比奈さん肩に掛けた。
じゃじゃーんと掛け声と共に、
「じゃあこれにアイスを入れて販売に回って来てちょうだい。いい体力作りになるしみく
るちゃんなら何もかも間違いないわ、うん」
「えっでも、この格好でじゃ……」
と朝比奈さんはおろおろ。おいおいゲリラ的に行動するって方針をことごとく破るってか。
何が間違いないだ、間違いないのはいらやしい男どもに囲まれ頬を赤らめて泣きながら戻
ってくる事だ。もしかしたら戻って来れない事態になるかも知れん。
「その役を朝比奈さんのやらせる訳にはいかない、ならお前がウェイトレスの格好をして
行けばいいさ」
麗しい上級生の悲哀めいた眼で見つめられた所で助け船を出す。よせ過ちを犯すな、理由
は上記の通りだ。そしてお前のウェイトレス姿を強く要望する、絶対に口には出さんが。
「あたしは全くダメよ」
「ほう何故だ?」
「そりゃね、その、」
ハルヒはチラリと朝比奈さんを見つめる。
その姿をうっかりとも見てしまった男は全てメロメロにでもなって服従するのか?それで
はこいつは喜んで着るな、では白目になって地面に倒れそのまま気絶。十分ありうる可能
性だ。
「何言ってんの、その服はみくるちゃんに合わせたサイズで、だからあたしは全然ダーメ
なの」
いや大丈夫だろうよお前ほどのスタイルの持ち主ならさ。ぴちぴちもなかなかオツなモノ
だと思うぞ、学校にいるであろう一部の人から。谷口ならその写真を5百円程で喜んで買
う気がするのは気のせいか?
「アホな事言ってないでさっさと売りに行きましょうか」
「えっ?」と朝比奈さん。
「すっ涼宮さん、あっあたしはちょっと勘弁して下さいぃ」
目元が引き攣りながらの暴力以外の必死の抵抗。朝比奈さん、そんなんじゃこの部活で勝
てるのは俺以外いませんよ?それよりな、
「おいハルヒ、朝比奈さんを売り子にするのは反対ってさっき言っただろ」
反対の姿勢は崩さないぞ、という強固な意志を持つ俺に対し至って客観的なハルヒは「地
球って回っているの?」という質問を聞いた時のような顔をして、
「何言ってんのみくるちゃんを連れて行くなんて一言も言ってないわ」
じゃあ一人で行ってらっしゃい、気をつけて。
俺は簡易的に手を振っていると、
「キョン、何突っ立ってるのよあんたも行くのよ」
なんですとー?
「いい?こんなか弱い女の子一人で重い荷物を担いで校内を売れるまで練り歩かなくちゃ
ならないのよ。それじゃああんまりでしょ、足が棒になりかねないわ」
か弱い?誰が。足が棒になる?誰が。その言葉重労働強いられている今の俺、もしくは強
制ウェイトレスの朝比奈さんに掛ける言葉でないのか。ふと後ろが気になり振り向くと現
在この場に居る事を忘れていた古泉がクスリと微笑とも苦笑いとも似つかぬ顔をする、ど
ことなく「おやまあ」と言った感じだが見てとれるぞこの野郎。
朝比奈さんは安堵の色を顔に出し、長門は仕事がないと判断したのかいつもの窓際席に座
り俺を横目でチラリとこっちを見すぐ本に行ったのが視界に入る。
ハルヒと言えば、
「さあ売り込むわよー、そうだいっその事職員室…いえ校長室にでも行きましょうか」
と一番アホで一番アキンド。校長室はマズイっての、ハルヒの事だから「校長!アイスは
いかがですか手作りで美味しいですよ、何ならそこの壺と交換で譲ってあげてもいいわ」
と実際の値段と不釣合いなモノご強奪していきそうでならない。これは俺が止めるべきな
のか?
仕方なく俺は冷凍庫からキンキンに冷えたアイスを渾身の力を込めて穿り回し、それを古
泉に渡し丁寧にカップ詰めされ、またそれを朝比奈さんが簡単に且つ愛らしく全体にラッ
ピングして最後に長門に頼んで食前の蓋を開けるまで溶けないように謎の呪文を掛けても
らい作業は完了した。ハルヒはクーラーボックスに保冷剤、氷諸々を満杯まで詰め込んで
いる。そんなに入らん溶けんのに無駄な荷物を増やすな、と言いたいがヤツは長門が素晴
らしい呪文使いこなせる事実を知らない為ここはグッと我慢する。
「んじゃちょっと行って来るわー」
ハルヒの掛け声と共に渋々部室を後にする。朝比奈さんは軽く手を振り、古泉はすり違い
様に「気をつけて」と呟いた。詳しく言え、何に、何処でだっての。
自称ハルヒの精神分析家の称号を直々に指名される程俺もあいつに対する心の読みが現在
進行形で磨かれていると古泉は言っていたが、実際の所良く解らん。ハルヒの精神までは
知ったこっちゃないが、今の俺の心境としては役に立たないくそ重いライフル抱えて注意
書きなしの地雷原に引き摺られて行く鎖付き奴隷のようだ。しかも地雷を踏んでも直に爆
風を受けるのは盾にされた俺のみ、素早く後方の回ったもう片割れは全くの無傷となる寸
法だ。
はて、これ以上厄介事又勘違い事が起こらないようにただただ心の中で祈るだけであるが
横に居るのは破天荒娘ことハルヒだ、俺の意向を大胆に裏切る感じで全く利益の生み出せ
ないダークサイドを呼び込むに違いない。唯でさえ目敏い教師達が突然の連続した猛暑で
更に口五月蝿くしていると思うと、見つかるまでは時間の問題と予想していた俺にとって
これほどまでの脅威はない。
見つかったらどう逃げる?事前に逃走経路を話し合った方が皮肉の策だと思わないか?そ
の話を切り出そうと口を開けかけた所でハルヒ的目的地にあっさりと到着した。
「まずはここにしましょう」
何て近いんだ、これじゃまるで――
ハルヒが遠慮なく慣れたようにドアを威勢良く開いた、
「こっんにちはーSOS団アイスの訪問販売でーす!」
一同が蒼然となる。
――お隣さんじゃないか。

自然なポーズを取っていた人はその拍子で後ろに倒れ、マウスで何やら線画を描いて
いた人は大きくそこからはみ出て、真ん中に座っている部長は呆然と虚ろな目でこっちを
見ていた。気の毒そうな顔で。
3秒沈黙が続いた後ハルヒがそれを破った、
「今日ってとても暑いでしょ、だからさ誰かアイス買わない?」
それを聞いてまたお前達かとばかりにこっちの世界に戻ってきた部長氏は、
「ああアイスか、ああアイスねアイス……」
その間に部員達が今やっていた仕事だか趣味だかを急いでハルヒの見えない場所に隠す。
一斉にすると小学生だな。
「そうよアイスよアイス、こんな暑いのにわざわざ出張サービス中なんだから」
「うむ、知人に聞いた所そのアイスは本格的な味がすると聞いているが――」
役に立ってもいないのに堂々と胸を張って、
「当ったり前じゃない、何なって分量きっかり量る有希よ作る物ならトコトン拘っちゃう
みくるちゃんが作ったのだもの。美味しいなんて当然の反応だわ」
重い坂を登ってまで色々な材料を運んだ俺の名前も入れてもいいだろ。
「うるさい」と言ってハルヒはすっかりアキンドモードになって、
「だからさ一つ買いなさいよ」
ここは命令口調。そんなんでは誰も買わないぞと思っていた矢先。
「そうだなあ、君達から物を買うのは少々癪…というか大いに遠慮したい所だがまあ暑い
のは我々だって一緒だ、僕の体がそれを欲しがっているのは解っている事で――」
長い言い回しを聞くのが面倒になってきた。それは隣にいるヤツも一緒で、
「で、どうなの買うの買わないの?」
ハルヒのツラに怯みながらも部長氏は、
「ああ買うよ、僕は一つ買う。味は何があるんだい?」
待ってましたとばかりにハルヒはニヤケを顔全体に広げ、
「バニラに抹茶にイチゴみるく、さあどれにする」
クーラーボックスから透明容器に入ったアイスをパソコンの置いてある机に順に並べる。
熱気蒸した部屋の温度が冷えた容器によって白くひんやりとする気体が床に落ちる。それ
を見た部長氏は喉をごくっと鳴らし、
「では抹茶を頼もうか、で何円だ?」
ハルヒは抹茶アイスが入った容器とプラスチックのスプーンを手渡すとニコヤカに、
「3百円です」と告げる。
高級アイスの値段に「ちょっと高いな」とこれまた買いに来た誰もが言うセリフを付き、
「まあいいだろう」とポケットの財布からぴったりの小銭をハルヒに渡した。美味い物を
前にしてはついつい財布も緩みがちとなる訳だ。その間に俺がバニラとイチゴみるくと回
収する。
一人食べればこっちのもの。俺はハルヒの顔にその文字がある事に気付いた。
一口食べた部長氏の「おお、なかなかいける」と言う言葉に反応したのか次々と部員が注
文をしていく。芋蔓式と言えよう、その場にいたほぼ全員に売れた。買わなかった人は視
覚過敏で合えなく断念という具合だった。
「ありがとうございましたー」
ハルヒの踊る声を最後に俺はドアを閉めた。手持ちが幾分軽くなった気がした、いや実際
軽くなったのだ。それでもまだ沢山残っているのは確かなのだが。
「大繁盛ね」
ハルヒはオープンした当日の売上が予想より良かった時の店長的なスマイルを見せた。要
するに「まだまだこれからよ」って顔。
「ハルヒ、一回戻らないか?」
「何でよ」
「ほら少なくなったんだしこれ以上行動範囲を広げるのは危険だ、残ったのはSOS団み
んなで食べればいいんじゃないか?」
ハルヒは額にくっきりと解るようにシワを巡らし、
「ダメよ、これが全部売れるまで帰還はないのよ、あたし達の任務は既にスタートしてる
の」
任務なら古泉が喜びそうだな。
「いつスタートのホイッスルが鳴ったんだ」
「そんなの吹きたけりゃ後で何回でも吹かせてあげるわよ」
遠慮しておく。
「だったらほらっ次行くわよ」
ハルヒは荷物を抱え動きが鈍くなっている俺を無理やり引き摺る勢いで猛然と歩きだす。
「一番近い部活はどこかしらねぇ」
と俺はその後ろで聞く、その晴れた声でふと考えが過ぎる。
せめて誰にも見つからないで欲しい、このまま平穏に教師に気付かれる事なく終わりたい。
しかし本心は少し見つかって追い掛けられて逃げ回ってみたい、それは人物が特定出来な
い程度に。ハルヒの心境はざっとこんなものだと受け取れるな。
今のハルヒは輝いている。こんな学校の中でこいつなりに非日常を楽しんでいたいんだ。
宇宙人や未来人、超能力者などと無理に遊ばなくともこうやって普遍的な生活で自分が面
白いと思った事を見つけて行ってるんだ。
無理だ止めるのは。駄々っ子からおもちゃを取り上げるのはそれを飲み込もうとした時だ
けでいい、それを使い怪我したって後からクスリなり治療をすればどうにでもなるさ。
大切なのは今。何事も経験して見なければ解らない事だってある、箸の使い方だって最初
は全く持って無知な状態から覚えるものだ。ゆっくりと時間を掛けてやればいい、ハルヒ
も探究心なり好奇心なり満足するまでアイス売ればいい。
後ろからじゃ解らなかったが、窓から射し込む光が満面の笑みを照らしているんではない
か?
とほのかにシャンプー香る後ろ髪を見ながらそう思った。

第7章

故か俺らは走っていた。
大量に仕込んだ保冷剤の重さが分散する事なく肩に強く圧し掛かりつつ全力で階段上りき
った為か軽く呼吸困難な状況になった俺はとうとう膝に手をついた。先を行くハルヒに、
「おいっ、ハルヒっ。どこまで行く気だ?」
このままもっと走り続けて行けそうなハルヒは首を大きく後ろにグルリと回した。
「まだまだ逃げるわよっ。裏をついて職員室の前を通ってショートカットしようかしら」
とぬかしてやがる。あいつの体力は一体どこから湧いて出てくるんだ、源泉掛け流しにも
程度があるだろ。
「俺は一時休憩を申し得る。いい加減疲れた」
「んーそうね、あたしはまだ大丈夫だけど――」
一緒にするな。
「まあそろそろ休憩にするわあたしも疲れたし」
息一つ乱れてないのに良く言うぜ。そうそうに体力をつけなければならない気に陥りそう
だ、その時は朝比奈さんと一緒に運動したいと思う。
「大体キョン、あんたが鈍いから見つかるんでしょうが」
化け物級の反射神経を兼ね備えているお前に対し俺は至って一般人レベルなんだよ。
「無理言うなっての、これ重いんだぞっ」
とクーラーボックスを指す。まだ売れ残ったアイスは3つほどある。重いのハルヒは無駄
に沢山入れた保冷剤の方なんだよ。ハルヒは開き直ったように、
「それが?」
「つまりだな、大変走り難いんだ」
「あんたが体力ないからじゃない」
「それはないだろ、俺は毎日学校までのナチュラルハイキングコースを制覇しているんだ
ぞ」
言ってからしまった!と気付いた。
「そんなのあたしだって一緒よ」
ヤツに完全に制空権を取られた。もはや二丁拳銃で威嚇射撃くらいしか選択肢が残ってな
くどこぞのアニメみたいに重力に逆らってゆっくりと落ちながら戦う事も出来ず、
「いやまあ、何と言うか色々な要素が加わってだな」
と痛い弁論。
「へえー」と眼中にない。あたしなら余裕よ、といった表情。その腐った牛乳を見るよう
な目で俺を見るのは止めろ、せめてブルーチーズあたりが適当だろう。
「とりあえずっどっかで休もうぜ、このままじゃまた見つかるから人の気配がない所がい
いな」
「どこよそれ?」
「まあ待て」
俺が今さり気なくお前から聞き出そうと思ったのに雰囲気を読み取れないヤツだ。
「そうだな、」
と階段の上の方が目に入る。頭の豆電球に光が点く。
「じゃあさ、屋上までの階段でいいんじゃないか?どうせこの上だ、死角にもなるし一旦
作戦会議だ」
「んーそうね」
ハルヒが珍しく素直に頷き返したあたりで、
コツン、コツン。
下の方から誰かが歩いてくる音が聞こえる。大方予想は付く、さっき俺らの不正販売を目
撃した教師に違いない。
その時の状況と言うと――
「いやあ結構売れたわねー」とハルヒが廊下の中央を歩きつつニヤニヤし、
「この金さ、次のみくるちゃん映画作りの資本金にしようかしら?どうキョンは?」
一向に賛同し兼ねない事態だが、
「まあ好きにしろ、ただ作ったからには今度は制作費を越える利益を生むように努力する
んだな」と前回の観客動員数を思い浮かべる、少ないな。
ふと気になる事がある。
「そういや実際どんぐらい儲かったんだ?」
「そうね、どうかしら」
ハルヒはポケットからそれを取り出し、
「じゃちょっと数えて」と小銭が詰まったプラスチックケースを手渡された。何にも荷物
持ってねえんだから自分でやってくれよと思いつつ、人間の嵯峨なのか単に金に飢えてる
のか解らんが目の前ズッシリと重い金入りケースを見ると何となく自動的に勘定を始めて
いた。悲しくなってくる。
「結構あるな」
ジャラジャラと音が誰もいない廊下に響き渡る。銀行でもないのに何とも不釣合いなBG
Mだ。それが厄介の呼び寄せたのだがこの瞬間までは勘の鋭いハルヒも鈍い俺もすっかり
これから出る合計額にすっかり夢中であったらしく不覚にも背後からの人間の気配を読み
取る事が出来なかった。
「おいそこのヤツら」
俺とハルヒ以外の第3の声が背中越しに聞こえた。鈍い声と喋り方からして体育教師あた
りの部類と判断出来た。動揺した俺は瞬時に且つばれないように売り上げをケースにしま
いポケットに隠した。
「何か金の音がしたが、今ポケットに入れたモノを見せなさい」
隠し持っていたエロ本がばれた気分。こういう時は意味不明な言い訳しか出来た事がない。
どうする自分?
そのまま背を向けたままで俺はハルヒにアイコンタクトと試みた。ハルヒの眼はチラリと
俺の見つつすぐ近くの階段へと視線を送っている。おいおいどうする気だ?
「おいこっちを向いたらどうなんだ」と聞こえたあたりでハルヒは俺に向けて口で何かを
パクついている。何々、大体読み取るに「さぁんー、にいぃー、いちぃー」っておい!
「どん!」
そうハルヒは言って全速力で走り出した。やりやがったぜ!半歩遅れた形でこちらも出来
る限りの速度で後を追う。早いなハルヒ。
その光景に後方50メートルくらいから歩みよって来た教師も「こらっ!」と声をあげて追
いかけてくる。
その後はハルヒを追って階段やら廊下やらを下りたり駆け上がったりと足の筋肉とフル回
転。体育教師だから無駄な足掻きだと当初は薄々感じていた俺であったがなかなか捕まら
なかった、何故だと思い浮かべたのち初期のハルヒが学校内を隅々まで探索していた事を
思い出した。つまりハルヒは曲がり角が沢山あるポイントを知っていたのだ。その辺は頭
が切れると言っていいだろう、他の所に役立てて欲しいが。
図体がデカイから上手く曲がり切れないと踏んでいたハルヒは数回の角回りで教師を撒く
事に成功した。
それが今であるといって具合で、
「早く行くわよ、音立てないでね」
「それは俺のセリフだ」
「ごたごた言わないでほらっ早く」
ハルヒの手招きで渋々上へと進む。いい加減クーラーボックス担ぐ係りやらないか?

段上から下を覗くと教師まだウロウロしていた。先ほどからずっとこんな調子であり、
このあたりの逃げ込んだと網を張っていると予想出切る。お陰でこっちは下手に身動きが
取れなくなっていた。
強攻案を出したのはハルヒで、
「突破よ、それしか道はないわよ」
「お前は逃げ切れるかも知れないが俺が捕まるだろ。そうなりゃSOS団部員だとバレて
団長であるお前に責任が追求されるぞ」
「キョンが捕まらなければいいのよ」
矛盾している。と訴えた所でまともな頭をしていないハルヒは更々受け入れず、
「頑張れば何とかなる。病は気からって言うでしょ?応用すればきっと大丈夫よ」
確かにそう言うかも知れないがな、考えてみろ。荷物持ちで動きが通常時の人間級からナ
メクジ並みに落ちた俺にどう応用を利かせるんだっての。ターボでも着けてくれるのか?
四次元のポケットがある訳でもあるまい。
「じゃあどうすりゃいいのよ?」
それを今考えているんだろう。
――これの繰り返しばっかりだ。
「まだ様子を見よう、それまでここで待機するのが無難な案だな」
それに不機嫌なのはハルヒで、
「はー面倒臭いわ、もたもたしていたら学校が終わっちゃうじゃない」
そこは学校が下校時間になるという意味なのかそれとも本当に学校の存在自体がなくなっ
てしまうのか。この場合は後者の意味であるな、こいつでも本当に学校がなくなって欲し
いとは願わんだろう。
「なに、もう少しで居なくなるだろ」
「にしても暇ね」
「しりとりでもするか?」
「しない。もっと暇になるそうよ」
「じゃあ……」
この状況で出来る遊びについて脳内を駆け巡る、しりとり・じゃんけん・あっち向いてポ
イ――いまいち白熱しないな。
「キョン、疲れたからアイス食べましょう。まだ残っているでしょ」
「まあある事はあるが、」
「じゃあ頂戴、早く」
「はいはい」
人使いが荒いヤツだ。
保冷剤に埋もれた中からアイスのケースを探し出し、
「ちょうどそれぞれ1つずつあるけどなにがいいか?」
「とりあえず、そうねバニラを頂戴」
とれあえずって事は2つ食べるつもりなのか!傲慢な人間だぜ。と思いつつ「ほい」とハ
ルヒにアイスとプラスチックとスプーンを渡す。ハルヒはそれを奪うと勢いよく蓋を開け
た。
「へーまだちゃんと冷えてるじゃないの流石ね」
そりゃ長門に頼んで謎の呪文を掛けてもらったからな、高度な科学は魔法のように見える
と言ったものだ。もしだが古泉の組織と朝比奈さんの未来人軍団の連合軍が長門の情報統
合思念体に騙まし討ちしたって何となく勝てる気がしないのも納得がつく。そんな思いで
ぼーっと眺めていると、
「キョンあんたも食べなさいよ」
……へっ?
「喰っていいのか?」
意外だな、売り物だから絶対にダメかと思ったぜ。
自信満々な顔を向けて、
「当たり前でしょ、あたしはこの部の団長なのよ、」
百も承知だ。
「だから頑張った部員のはちょっとくらいご褒美をあたえるんだから」
ご褒美って俺らはイヌか。古泉はイエスマンだし朝比奈さんは好きにされるし長門もすん
なり言うことを聞くし、それに関しては団長に従順は組織と言えよう。やはりヨーロッパ
と違ってまだ日本は縦割り社会なのかと考えてしまう。
「うるさいわね、さっさと食べるわよ。ほらっ」
ハルヒは中から抹茶味のアイスを取り出すと強引に俺に渡した。おお冷えている。
「溶けちゃうわよ」
いや開けるまで溶けないから、何てうっかり言えない。その間ハルヒが一口目を口の放り
込む、
「んー、冷たい。運動の後は美味しいっ」
続いて俺が、
「おお、確かに美味いな。もっとちゃんとした場所で食べたかったが」
「文句は言わない。ならそれあたしが食べちゃうわよ」
「んな事されて堪るかよ」
この火照った体を冷やしてくれるモノなんて今の状況からしてこれしかないからな。譲る
訳にはいかないぜ。
そうそうしている内にハルヒは2つ目にアイスへと手を伸ばしていた。ラス1のイチゴみ
るく。
「おいおい売り物を全部喰っていいのかよ」
ハルヒはクーラーボックスから手を引き抜きつつ、
「いいのよ、どうせあと一個だもの」
さっきは3つあったぞ。
「それに意気揚々と出て行って部室で待っているみんなに『1つだけ売れ残っちゃった』
何て言いづらいでしょ?キョンだって帰りの荷物が少なくなるわ」
確かにそれは納得出切る。ただ荷物軽くなるからいいでしょとか言った後半部分は口から
の出任せだろうよ。そういやそのアイスで思い出した、
「何で『イチゴみるく』にカッコして朝比奈って書いてあったんだ?」
「それはね、」
イチゴみるく入りの口をもごもごしつつ答えた、
「それはね、その方がエロっちぃからよ」
今なんと?
「いい?イチゴみるくにみくるちゃんよ。この組み合わせ解る?」
いやさっぱりだ。どうもハルヒの訳の解らんオーラが俺の側面に漂ってくる。
「イチゴみるくにみくるちゃん。イチゴみるくみくるちゃん、イチゴみるくみくる、イチ
ゴみくるみるく、みくるみるく。つまりみくるミルク!」
『み』と『く』と『る』と連続ワードパンチで脳回路がシナプス漏れを起こしてショート
してきた。何々、みくるみくるでダブルみるく?姉に一人欲しいな。
「違うわ『みるくミルク』よ。どう?ちょっと考えてご覧なさい」
早速思考してみた、作業着に着替えた朝比奈さんが精魂込めてホルスタイン牛から牛乳を
搾っている所を。『発売!産地直送新鮮みくるミルク!』おお、なかなかの人気商品にな
りそうだ。
「ブー、そっちじゃないわ。あたしが言いたいのはみくるちゃんのム――」
「もういい」
横から話しを遮った。薄々感ずいていたよ、わざとボケてみただけさ。これ以上の発言は
色々と法律に引っかかりそうだからな止めとこうぜハルヒ。お前だって裏でこそこそ人の
事言われるのは好きじゃないだろ。
「それもそうね」
やけに物分りがいいじゃないか。いつもこんなんだったら世話すり方も楽なんだが。いや
まて、何で俺がハルヒの『世話』何てしなくてはならないんだ、何を言っているんだ狂っ
たか俺?
これも古泉とやらが言っていた影響なのか?ふいにこんな言葉を思い出した。
『あなたは僕以上に涼宮さんの心の変化をキャッチする事が出切るんですよ』
っだとあの野郎すかした事抜かしやがって。
んでも実際はどうなんだ。俺はハルヒの作り上げようとした新世界の住人に選ばれた。
何故だ?草野球の時俺が4番らしからぬ働きをしたらあいつは小規模な閉鎖空間を発生さ
せた、何で?『その髪型は宇宙人対策か?』と言ったら次の日バッサリ切ってきやがった、
もったいない。最後に、何故ここにいるのが俺なんだ?他のメンバーは履歴書に宇宙人や
ら未来人やら超能力者やら書きこめるが自分に至っては?白紙或いは一般人としか無理だ。
寧ろハルヒの方が俺の心を読めているのではないか?……それは無いな。まあ未知の力を
発揮するのは専売特許になりつつあるからな。今回の発端だってハルヒ絡みだ、心を読め
たのならこんな連日の猛暑など容易に阻止出来たわい。もっとも数分後に何が起きるか解
らないのは現代サッカーと同じだな。
「ねえ何言ってんの?」
ハルヒの声にすっかり脳内異空間に遡行していた自意識を見慣れた世界に戻した。俺は遠
い目でブツブツ呟いていたらしく見かねたハルヒが声を掛けたみたいだ恥ずかしい。
「ああ、いや何でもねえよ」
「そう、」
と言ってハルヒ下を向いたかと思うと眼をこっちに向け、
「これっ食べていいわよ」とケースを押し付けた。視線は俺の後ろの壁を見ている感じに
なっている。
イチゴみるくアイスだった。しかもハルヒの半分喰いかけ、溶け気味。
「えっこれか?」
「あたしはもう十分だからあげるわ、これ以上食べるとお腹冷やしそうだし」
昨日は大量にパクついてたくせにか?
「昨日は昨日、今日は今日。人間毎日同じからだとは限らないんだから」
最もらしい事言うじゃないか、いつもは理論抜きで行動するのに。
「文句言ってないで早く食べろ。もしほったらかしにしてそのままで溶かしたらね、」
ハルヒは唐突にネクタイを掴んで顔を寄せた、直で視線が神経に伝わる。ああこれか、い
つぞか味わったこの感じ、確かSOS団発足時前にも階段上でやられたっけ。
近くで見たから解るが、少々赤らめ顔になった(暑くてのぼせたか?)ハルヒは息を大き
く肺に取り込むと、
「死刑だからね!」
それは勘弁だな。
「とりあえずだな」
「何よ」
「離してくれ、これじゃ食べれない」
「あらそう」
手が離れた、アイロンをかけなければ直らない程ネクタイは萎れていた。
曲がったネクタイを気にしつつスプーンを取って溶けたそれを口の運ぶ。間接キスなんて
ベタなオチを気にする俺でもハルヒでもないからな、豪快に喰った。溶けていた為か味が
妙に違う気がする、毒薬でも混入されたか?
そこでハルヒの視線が横でチラチラしているのが見て取れる。残さず喰うって。
「何だうっかり落としたりなんかしてないぞ」
ハルヒははっとした顔になり、
「さっさと食べなさい心配になって来るでしょ!」
どこか声がうわずっている。
「言われなくても解ってるって」
「ならいいのよ、」
と再び下を向いてから、
「ちょっと下見てみる」
スクっと立ち上がり階段したを睥睨した。それは乗り出し過ぎだろ。
突然「あっ」とハルヒは声を出した、おい。
「違うわよキョンこっち来て」
手で呼び寄せられる。何だ、教師の数が5人の増えたのか?それは重大問題だな。下をこ
っそり見ると、
「あれ、いなくなったのか?」
「そうみたいね」
俺とハルヒはお互いに顔を見合わせ先に暴走特急が、
「行きましょ、戻って来ない内にここを出発だわ!」
とクラスでは見せないSOS団専用スマイルを惜しげもなく披露したのち一気に階段を掛
け落りて行った。
呆気を取られていた俺はすっかりエコー化した「もうスタートだからねー」という遅れた
合図を聞いてようやく走り出す。
クーラーボックスを肩から提げ、空になったイチゴみるくアイスのケースを持って。

エピローグ

、なり。
――その後の事を話そう。
部室に帰って来てから早々にハルヒが疲れたと言って片付けを残りのメンバーの任せてさ
っさと帰ってしまった。明日への即席会議はどうするつもりだ?まあいいだろう、ここの
奴らとちょいと話して置きたい事があったからな。
そう思ったのは皆も同意見で古泉と朝比奈さんにも問われた(長門もそんな顔をしていた
と見た)ので、坦々と散乱した物たちを整理しつつ俺はハルヒとアイスを売りに行ってい
た時の事を簡単に説明した。最初はお隣さんで次が運動部で――といった具合の行動ルー
トを思い出す。最後に教師に見つかりそうになって全力逃亡しとりあえず屋上階段で様子
を伺っていた事も。それに少なからず眉を動かしたのは古泉で、
「もう少し詳しくその時の状況を教えてもらえますか?」
話のついでだ、幾分心境も含めて教えてやると少し考えるような顔を見せた。他のメンバ
ーというと、長門からは曇った目線が飛んできて、朝比奈さんは俺を見ると頬を朱にした。
何だってんだ?
古泉は何か喋りたそうな表情をしたが朝比奈さんがダメですとばかりの眼で訴え、それを
見た超能力野郎は肩をすくませて断念。こいつら一体何を考えているんだ?
――そんな事あって次の日、その日の朝の事。
経験上毛布なんていらねえやと判断し床についた結果、ダルいと感じて起きたらマジもん
で風邪を引いていた。体温38度2分、外気温10度――10度だぜ、どうなっているんだ。
確認するにもこれ以上体が言う事を利かず、仕方なく病欠する連絡を学校にし携帯を机に
置いた時、その音が発信者を表すように――けたたましい着信音を鳴らしてそいつからの
電話が来た。手に取って見た、無論ハルヒからだった。たっぷりとスリーコール待たせて
からゆっくりと会話ボタンをプッシュし耳に当てる。
『キョン異状気象よ一晩で寒くなったわよ!』
はしゃぐにもほどがある、実際お前がそうしたんだろうに。
『これじゃあ今日のアレは中止ね、午後から暑くなりそうにないし』
そう言ってくれるとこちらとしては大いに助かる、そうね午後からまた暑くなりそうなん
て言われたらもう体が持たんよ。
『あれっもしかしてもう部室にいるの?』
「いやまだ家だがそれがどうした?」
ハルヒはちょっと落ち着いた声になり、
『……何でも無いわ、それよりまだ家なのよね?』
「そうだが、」
『ならさあ携帯カイロを持って来てね、頼むわよ』
「えっちょっと――」
プツンと向こうから切られた音が聞こえた、俺風邪だっての。
――その日の午後の事。
午前中寝まくった自分の体はすっかり回復し暇潰しとベッドで心地よく読書をしていると
またもや携帯が俺を呼ぶ。またハルヒか?そう思って手に取った画面に表示されたのは自
称ハルヒの精神分析家、謎の組織に所属するすたした超能力スマイルの古泉だった。
「あー何だ」
晴れた声がスピーカーを通して聞こえる、
『おや、お元気そうですね体調はどうですか?』
大分よくなったよ、静かな所で寝たからな。できるなら朝比奈さんからのお見舞い電話が
良かったぜ。
『それは良かった。所で今話しても宜しいでしょうか?』
「まあ大丈夫だ、お前さえ電話代が気にならなければな」
苦笑気味に、
『そこの所は抜かりはないですよ、では――』
その後古泉とは5分少々話し込んだ。内容と言うと、
『現状の通り今日は快晴で寒冷、危機は去りました。一重にあなたが活躍したお陰と言っ
ても賞賛のし過ぎではないでしょう』
「ほう、俺がどんな活躍をしたってんだ?ハルヒの言う事をふたつ返事で従っていただけ
だぞ」
『それで良かったのですよ』
「何故に?」
『おやご存知だと思ったのですが……まさか本当に何も考えてなかったのですか?』
「まあ、当るとも遠からず」
『よくもまあ、あなたは鈍いものですね、朝比奈みくるはとっくに気付いていましたよ、
流石涼宮さんですねって』
「流石って何に」
『あなたに対する涼宮さんの行動ですよ』
「俺は荷物持ちを命令した事か?」
『まあ……そう考えてもらっても結構です。案外そう思ってもらった方が僕としては見て
て楽しいですから』
「お前の楽しみなんて本心から更々望んでいないぞ――」
古泉は何が言いたかったのか解らずにその後電話を切った。情報を鵜呑みするのは良くな
い事だがこの際信じよう、長門も言っていたと聞いたし。
どうやら古泉の機関にしても長門の情報処理能力にしても朝比奈さんの役に立たない禁則
事項責めにしても、ハルヒによる願い叶えまくり状態も1週間まえと差ほど変わらない値
まで下がり無事に危機を乗り越えたと言っていたらしい。後で全員に連絡を取って見る事
にするか。
学校ではハルヒが俺が携帯カイロを持ってこない事に憤慨していたが、願い通りに空から
大量のカイロが降って来ない事からしてもあいつの能力暴走状態が正常になったってのも
頷ける。これでハルヒが懲りずに地球の遥か高層にあるヴァンアレン放射層に突っ込むよ
うな過ちを繰り返す事態になるのだけをただただ祈るだけだ。
にしてもハルヒは一体この自己制作の夏にみんなをアフリカ象すら落としかねない蟻地獄
に半ば強引に誘い込んだくせに何をしたかったんだ。やったものと言えばもう一回朝比奈
さんをウェイトレス姿にし辱めた事、販売するアイスを作らせ俺の金を消費した事、その
場を目撃された体育教師と逃走合戦をし無駄に乳酸を蓄積させた事、俺に無償の勤労奉仕
を命令し精魂尽きた事ぐらいか。って教師はどうなった、俺らだとバレてなければいいの
だが。
そもそもこの期間にハルヒが手に入れたモノは何なんだ?遊ぶ時間欲しさだったのか?い
やあの古泉の口調、何か隠しているぜ。もっと大事な何かを手に入れたはずだ、そう形じ
ゃないハルヒしか解らないそれを。
一体それは何なんだ?とあれこれ思考している内に俺を呼ぶ鐘が静寂の家に鳴り響く。
誰だ、と思ってまあ無難に宅配便あたりだなと考えて外を覗くと、
――ハルヒの顔があった。

ルヒとその愉快な仲間達がマイハウスから立ち去ったのは午後6時になってからだ。
最初にハルヒが一番乗りし30分遅れて残りメンバーがほどなくやって来た。逆算に結果ど
うやらハルヒは6時間目の途中で学校を出たらしい、俺の見舞いを早退の口実にする何て
トコトン頭が悪い方向に働くんだな。
結局の所「看護ならあたしに任せなさい」と胸を張って女性陣が下のキッチンでお粥を作
ってくれたの時は、正直嬉しかったがハルヒ主導の料理は基本的に量が多いし熱で舌がそ
んなに機能しないのにカニ缶を入れられても味が解らんよ。いやホントにありがたいんだ
よ、ホントに。それでもってハルヒが幼馴染な感じでふーふーしてくれたなら最高だが。
ハルヒが片付けやらで下に行っている間さり気なく聞いてみた、俺らは教師にバレてない
かと。それに答えたのは古泉の変わりに残った長門で「あなたが遭遇した教師は今はこの
世に存在していない」と言った。無垢なインターフェイスはそれについて詳しく説明して
くれた。
俺らが見たあの教師は学校の記録では登録されていなかったのだ。だとしても部外者が潜
り込んだかも知れぬが、これまたどっこい、怪しい人間が入った形跡も見つからなかった
そうじゃないか。しかしあの時俺は遭遇した、それは保障してくれた。あの時間突如とし
て現れその後姿を消した、それしか統合的に判断出来ないと言った。そして涼宮ハルヒの
力が見え隠れしているとも。
程なくハルヒが自分で口ずさんだ効果音と共に今回の売り上げを発表し、抑え気味ではし
ゃいだ後適当にくつろいで帰った。病人がいるってのに。
「いい?この熱波について原因を解明するんだから日曜日までに絶対完治させてくるのよ」
ドア越しにのに聞いたハルヒの声を思い出しながら夜のベッドについた。
まあ完治させてやるよ、俺が奢る事確定の市内の「不思議探索パトロール」までな。
そして俺は夢の世界へと旅立った。

これで長いようで短かかったハルヒの夏は終わりをつげた――。

ついでだが、ハルヒは土曜日にも来た。
風邪をひいた俺と二人っきりで何をしたかと言うと――
まあ今度の話のネタに取って置こう。そうだな、笑って話せる日が来た時にでも。

あとがき。

これを読んでくれた皆様、最後までありがとうございます。
随分と発表を延期のまた延期と遅らせてしまってすいませんでした。
ようやく『ハルヒの夏』の後編も終了です。
気分としては荷を下ろして楽になった気もしますが、この後違う演出でハルヒの短編的なモノを考えなければな
らないと思うとちょっと頭が痛くなってきます。

ネタバレ的な話。
気付いた人はなかなか賢い!時間軸簡易まとめ。
0日目 まだ気温の上昇はなし、ブレザー取られつつハルヒと帰る。キョン、うっかり発言。
1日目 突然気温が急上昇する。
2日目 古泉は休みハルヒは俺にクーラーボックスを持ってくるように頼む。ハルヒが愚痴を言った所からこの
話が始まる。
3日目 古泉復帰、キョンは床で転び古泉とのちょっとした話のついでにハルヒにソーダを買えとパシリにされ
る。放課後、4日目にアイスを作る為に冷凍庫を部室に運ぶ。
4日目 朝早くからメンバー全員でアイス作りに勤しむ、その時古泉と長門に4日前(0日目)に鬼ごっこをし
みんな帰って後の話をする。朝、ハルヒに明日は晴れると言う。放課後、鶴屋さんが最初の客。その後は順調。
5日目 深夜ハルヒ意外の団員に呼び出しされる。順調に売り、ハルヒと一緒に部室外での販売を歩きながら始
める。途中教師に見つかりそうになって遁走、屋上階段に籠る。
6日目 猛暑終了、風邪をひく。放課後、メンバーが家まで見舞いに来る。長いハルヒの夏がは終わる。
7日目 最後の場面、ハルヒが家に来る。
8日目 市内「不思議探索パトロール」予定。

さあ可笑しい所の気付いたあなたは偉い。
ハルヒが一人で来た日が土曜日とする。すると以下の通りになる。
0日目 平日、学校あり。気温、寒冷。
1日目 平日、学校あり。気温、猛暑。
2日目 平日、学校あり。気温、猛暑。
3日目 平日、学校あり。気温、猛暑。
4日目 平日、学校あり。気温、猛暑。
5日目 平日、学校あり。気温、猛暑。
6日目 平日、学校あり。気温、寒冷。
7日目 土曜。休日。  気温、寒冷。
8日目 日曜。休日。  気温、寒冷予定。
何と!キョン達は一週間丸まる学校に行っていた事になってしまう。
0日目 月
1日目 月
2日目 火
3日目 水
4日目 木
5日目 金
6日目 金
7日目 土
8日目 日
と考えてもらうといいだろう。戦時中の曜日配分みたいだ。うんうん。……いやよくない。
本当はこんな事態になる予定じゃなかった。
初期の設定では校内でアイスを売らなかったし朝比奈ウェイトレスも出番はなかった、ハルヒとキョンの間接キ
スまがいだって想定外だ。
話を書いている内に少しずつ横線に行って、完成した頃には大幅は路線チェンジになっていた。
私の文章能力が少ない分ストーリー展開や構成が上手く出来てなく、今みたいの時間軸さえあやふやになったし
まい、皆様を大変困惑させて本当にすいませんでした。
しかし意図的に可笑しくした部分があります。後書きで「この作品で可笑しい部分はどこでしょう?」と問題を
出そうとしましたが、今となってはこんなに笑えない程可笑しいので出題は断念しました。
違う部分は教室にストーブがある事です。

さて裏話を暴露した所でそろそろ終わりにしたいと思います。
本当にここまで読んでいただいてありがとうございました。
今回も誤字脱字が多々あるかと思います、すいません。チェックする人がいないものですから。
ストーリーは頭で簡単に思いついても、文面はうんと考えなければ書けない私ですが、これからの作品共々宜し
くお願いします。

ありがとうございました。 作:白まき

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